どうしてこうなったのか。
　思い起こせばアレは、唐突に頼まれた依頼が全ての始まりだった。




　その日、『黄金の竜翼亭』は大層暇だった。朝っぱらから眠い頭を抱え宿の掲示板に貼りだされた紙切れを胡乱な眼差しで一瞥してみるが、どれもあまりにも雑事的なものばかり。やれ、下水道の掃除しろとか、野良猫を探してくれとか……こんなのは駆け出しの冒険者の仕事だっつーの。宿の親父に他に仕事が無いかと聞いても来てないと首を横に振るわけで、これは今日はオフだなと思っていた。

　そんな矢先だ。一人の客が息を切らせて駆け込んできたのは。一見、学者風の男だ。年の頃は三十ちょいといったところか。ひょろりとした体格にメガネ、という関係上、ビンゴビンゴ叫ぶ男をふと思い出したりするような……まあつまりはモヤシ体型って奴だな。
　そいつはもつれる足で何とかカウンターまで駆け寄るとこっちと親父を見た。そりゃもう必死な顔で。


「す、すいません、緊急の依頼を受けていただきたいのですが……！」

「そりゃあ問題ないがとりあえず落ち着きなさい」


　親父の出した水を煽るように飲み干して客は息を整えると訥々と語り始めた。男の名前はフリムガルド。賢者の塔で古代文明の調査研究をやってる研究員の一人で今日もここから馬で半日程走った先にある未発掘遺跡の調査に出向いてたらしい。そこで異変が起きたのだと言う。


「霧が、出たんです」

「霧？」


　不思議そうに顔を見合わせる俺と親父。申し訳ないが霧程度なら自然の中ならどこだって発生するものってのが一般的思考だ。遺跡なんてのは特に風通しも悪くついでに言えば内部に湿気が篭ってるなんてザラだ。気温やら環境の具合で霧ぐらい発生した所でおかしくはない。それを遺跡研究者なら知らない筈もないとは思う訳だが。


「ただの霧じゃないんです……妙な気配があって、遺跡の奥から湧くようにして発生している様で……しまいには、変な機械兵が、出現しだすし……」


　途切れ途切れに震える声で語る様子からしても嘘は無さそうだった。
　まず怯え様が尋常じゃねぇ。


「ンで、アンタはそこから逃げ帰ってきた上で何を依頼してぇんだ？」

「……遺跡の奥から出現した機械兵の、掃討を……数は多く無いですが近場に人里があるのです。今は無事かもしれませんが、もしそれが暴走したら……」


　遺跡を叩き起こしそれらを溢れさせたのは賢者の塔の発掘隊の責任だから何とかしたいという事か。確かにそのまま放置しといてうっかり関係のない奴らの死傷事件でも起きたら後が面倒だ。知る者の少ない内に解決したい、って所なんだろう。しかし相手は古代の兵器。下手な冒険者を向かわせたら逆にボコボコにされかねない所だな、等と判断していると親父から声がかかった。


「おい、ガルム」

「ンだよ」

「お前さん、ファストはどうした」


　ファストというのは俺の冒険仲間の一人だ。
　『竜駆人』というチームのリーダーで俺や他の奴と組んでいる。
　イイ依頼が無いか見てこいと俺を部屋から蹴りだしたのもそのファストだったりする。


「今頃上で荷造りしてんじゃねぇのかね。っても、ろくな依頼が無いから無駄足になりそうだけどな」

「いや、そうはならないぞ」


　親父はニヤリと不敵に笑っていた。
　嗚呼これは嫌な予感がする。
　俺の野生の勘が『ろくでもない事になるぞ』と告げていた。








　予想は結果的中した訳だ。
　どことも知れない空の下で俺はため息を吐く。ふと見上げた先には巨大な機械が鎮座していた。ケモノにも似た形状のそれは『ウォーハイドラ』と呼ばれる物なんだと説明された。霧の粒子からエネルギーを生みだすミストエンジンによって動く戦闘兵器。俺からすりゃオーバーテクノロジーにも程があるデカブツだ。


「未だに何か実感出来ねぇな。『残像領域』なんて聞いたこともねぇ場所じゃねーか」


　遺跡から湧いて出た無人兵器の掃討を進めつつ遺跡深部に潜った先で見つけた巨大なゲート。そこから霧と機械は湧いていた。『星海ゲート』と相棒のファストは呼んでいたソレが異変の根本原因だった。古代文明が残した遺産ってやつだ。
　何にせよ原因が判ったまでは