手術台の上に豚が横になっている。
それは比喩でもなんでもなく、臨月の豚だった。
麻酔のよく効いた豚の腹部を、執刀医がメスで切り裂く。

「ひどい光景だよ」

その様子を別室でモニタリングしていた男が、私に声をかける。
言葉とは裏腹に、男は軽薄そうな顔で笑っていた。

手入れされている様子のない、ぼさぼさのプラチナブロンドを適当に短く切った髪。
ゆるい巻き毛のそれは本来美しいものだったのかもしれないが、研究者の頭に戴くには、分不相応な代物だったのだろう。
制服の上から着た白衣はすっかりくたびれて、身嗜みの一つも出来ない男だという事は疑いようが無かった。

「あなたは、いつもこれに立ち会っているのか？」

気になって尋ねてみる。
同じような手術は何度も何度も行われているはずだ。
今更彼が直接見届けるようなものでもない気がした。

「スケジュールと気分が許す限りはね。なんたって他人事ではない訳だし。」

執刀医が、豚の腹から肉塊を取り出す。それは、ほぎゃあ、と鳴いた。
人工授精によくあるように、あるいは獣によくあるように、続いて同じようなものを二つほど取り出す。どちらも健康そうな個体だった。

「今回は三つ子か。ハッピーバースディだ。」

薄く、男が笑う。
眼鏡の奥の、その瞳から感情は読み取れない。
しかし、声はいつになく優しい。

「感慨深いか。ミール博士。」

産湯で洗われる肉塊を見守る。
それらは全て、傍らの男と同じ、ゆるい巻き毛のプラチナブロンドを授かっていた。

「もちろんだとも。毎回彼らには申し訳なく思うよ。」

ミール博士は、立ち上がり扉へと向かう。生まれたばかりの個体と対面する気なのだろう。

「申し訳なく思うなら、自分のクローンで生体実験なんてやめたらどうなんだ。」

問うても仕方のない事だと思ったが、言わずにはいられなかった。
理解と感情は別のところにある。
この男の倫理観は理解できない。説明の一つも欲しくなるというものだ。
ミール博士は立ち止まり、呑気に「うーん」と考える様子を見せた。

「君は何かに依存した事はあるかい？」

返ってきた答えは、答えではなく質問だった。

「自覚できている範囲では、無いな。」

ミール博士は、目を伏せて「そう」と言って、振り返り、扉を開く。
私の質問には答えないつもりなのかもしれない。

不服ではあるが、ミール博士は私よりもずっと上の階級の、雲の上の人物とも言っていい相手だ。
そもそも、こんな会話が出来る事自体がありえない話であり、文句を言える立場ではない。
そのような事を考えていると、扉を閉める前に、ミール博士は立ち止まって私を振り返った。

「私はね、依存してしまっているんだ。
私が生まれて来る事に。」

「依存？自分が……、自分の分身が、豚の腹から生まれる事に？」

眼鏡の奥の、血の色そのままの瞳が私を見ている。

「そこだけは、不本意だけど。」

続く言葉は無い。
しばしの間、視線がぶつかる。

彼がなぜ、黙っているのか私には理解できなかった。
だからと言って、目を逸らすような後ろめたい事がある訳でもない。半ば睨み合うような形のまま拮抗していたが、彼はまた、へらり、と笑った。

「そういえば、残像領域への出向が決まったんだって？私も同行するからよろしく頼むよ。
ウォーハイドラは専門外だが、君のメンテナンスは出来るしね。」

「頻繁なメンテナンスが必要な旧式とは、一緒にしないで頂きたいな。」

私の返事にへらへらと笑い、手を振りながらミール博士は扉を閉じた。
モニターには、まだ手術の後始末が映されていたが、彼が廊下から立ち去るだけの時間を待って、私も部屋を出た。


意味の分からない時間の消費をさせられてしまった。
建物から出ようと、大きな硝子製の扉に手をかける。

ふと、硝子に映る、血の色そのままの瞳と目が合う。
整った顔立ちに、さらりと溢れるプラチナブロンドの髪。

私は、私の顔の造りは気に入っている。
顔だけではない。私という存在は全てが完璧だ。
美しい容姿も、冷静な性格も、座学も実学も、実戦においても結果を出している。
私