「珍しい。日記を書くとはね」

「うっせぇ」


　手元を覗きこんでくる気配に顔を上げた。見えたのは金の髪と瞳が特徴的な中年の男だ。基本的に上品な雰囲気（猫かぶりにも程がある！）を纏わせているその男は、今はどこか小馬鹿にした様な表情を浮かべて俺を見ていた。


「文字が汚くてろくに読めない」

「文字なんてお前、冒険者するまで書いたこと無かったんだからしゃーねぇだろ！　……っつーか、お前のせいでどこまで書いたか忘れたじゃねーかッ」

「私のせいにされても困る」


　途中で途切れてしまった日記に恨めしげに視線を落としつつ呻けばしゃあしゃあとそんな事をぬかす。相変わらずくえない奴だ。

　コイツが俺の現時点で唯一の相棒になる『ファスト・ヴルーヒゥル』だ。同じ冒険者宿所属の男で、俺の所属するチームのリーダーでもある。あの遺跡調査と原因解決の依頼を受け俺と共に遺跡に向かい誤作動した『星海ゲート』とかいうヤツのせいで異世界にふっとばされた被害者……と言えば何だか申し訳なくなる所が無くもないが、コイツにそんな気遣いをしても無駄なのは縁の長さからよくわかってる。多分この異世界での日々を俺よりコイツは楽しんでいるからだ。
　元より遥かに発達していたという古代文明の研究に勤しむ物好きだ。俺からすりゃあわけの分からん技術（霧をどうとか言ってたか……霧なんかどうするってんだ？）を駆使した戦闘兵器が当たり前に闊歩するこの世界は、なかなかにアイツの好奇心を刺激するらしい。暇があればあの遺跡で拾った俺の乗る機体の調査解析をやってたりする。元々研究肌だからこういうのは性に合うんだろうな。


「そういえばアレの乗り心地にはもう？」

「慣れねぇって。まず俺は元々こんな兵器みてぇな超技術と殆ど縁のねぇ暮らししてた人間だぞ？　慣れろってのが無茶だろ」


　生まれは密林、育ちも密林。都会の奴等曰く、所謂、『未開の秘境』で育った野生児って奴だ。冒険者としてその土地を出た後だって、基本的に肉弾戦が主流だったしそれが当たり前な人間に、こんなカチコチでデカくて冷たい乗り物なんぞ肌が合うわけがない。……まあ、それでも何とか動かせるのはこのデカブツの性能がそれなりに良い証拠なのかもだけどな。ファストは何といってたか……搭乗者の体の動きを読み取り模倣してとかどーとか……？　嗚呼もうわからん。難しい事は俺にはさっぱりなのだ。
　こんななら好奇心に負けて一番に乗り込んでみたりするんじゃなかったな、と言うのはしみじみ思う。後悔先に立たずなので今更な話だが。でも俺よりアイツのがよっぽど上手くコレを動かせる気はするぜ。いや、本当な。


「にしても、帰る手段は見つかるんかねぇ……こんな事してて」


　生きるためには資金やら活動拠点やらが必要だ。だから『流れの傭兵』とか上手いこと言って戦いに参加して日銭を稼いでいる訳だが、これが現状打破に役に立つのかどうかは甚だ疑わしい所がある。俺がそうやって動いてる間にアイツが色々調査しては居るらしいんだがな。


「何とかはなる。確かにこの世界での私達は孤独な立場にあるのかもしれないが、本来の世界の仲間たちがこの異常事態を見過ごす訳は無いからね」


　問う俺にアイツは不敵な笑みを浮かべて見せた。自信満々にそう言い切る。
　仲間たちは別の依頼で居なかった間に起きた事故な訳だが、確かにアイツラなら俺らが帰って来ない異常に気付けば勝手に行動を起こしそうだ。俺より余程こういった変な事態には詳しそうな面々の顔を思い出しつつ欠伸を噛み殺す。
　難しいことはアレだ。頭のいい奴等に任せて俺は俺の出来る事をするだけだ。どうせ俺じゃ何の役にもたてねぇ訳だし。

　元の世界への帰還関係はファストや仲間たちに任せるとしよう。
　そう結論づけて、俺は一眠りする為に目を閉じた。何か言いたげな相棒の溜息の音が見えない視界に聞こえた気がしたが、結局、蹴り起こされることはなかった。