油断大敵。

「やれやれ、困ったモンだ」

　調子に乗っていた、つもりは無い。ハイドラライダーは一度の勝ちやランキング入りで調子に乗れるほどの仕事ではない。
　が、この結果だ。気の緩みはあったのだろう。
　無残にも大破し、ガレージに運び込まれた愛機『石竜子』の機体をこんこんと叩きながら、ヨシノは溜息を吐いた。

「……手数だね。手数が足りない、それに火力だ」

　一年前。
　ヨシノのウォーハイドラは、有体に言えば尖った性能をしていた。
　やるか、やられるか。
　戦いとはそんなものだと思っていた。
　戦場では力こそが全てだと思っていた。

　首を横に振る。今考えるべきことはそうではない。
　恐らく、もう暫くすると『ご主人サマ』も帰ってくるだろう。
　それまでに修理の算段を立てておこう、とヨシノは思った。



　***



「おや、無事だったのかい」

　頭を掻きながら、しかし悪びれた風も無くヨシノは帰ってきたフォスフォラスに近づいた。
　義足が地に触れるたびに鳴る硬質な音は、もう聞き慣れたものだった。

「なァに、こんなこともあらァね。気を取り直してさっさと修理に――」
「いや、これは由々しき問題だ」
「問題？　初耳だねェ。勝つも負けるも、ハイドラライダーにはよくあるコトじゃァないか」
「そういうことでは無い」

　フォスフォラスが口にした愛用の煙管から、白い煙がぷかりと揺蕩う。
　顰め面にも見える魔法使いは、ヨシノを見上げて言葉を続ける。

「私がお前を下僕としたのは、この様な泥臭い戦いをさせる為ではない。お前の内に有る素養を見抜き、育てようと思ったからだ。」
「ハァ？」

　初耳である。
　いや、一年も一緒に暮らしていたのだから、もしかしたら聞いたことはあるかもしれない。
　しかし、間違いなくヨシノは聞き流していた。そこには自信がある。
　良い機会、というわけでもないが、そのご高説に耳を傾けるにした。

「良いかヨシノよ。高みを行く人間は、常に気品を持たねば成らん。では気品とは何処から来るか？　学を身に付け教養を得ることで、初めて気品ある所作を取れる」
「フォスフォラス、アンタ結局何が言いたいんだい」

　前言撤回。
　自分の主は話が長い。さっさと結論に移ってもらいたいものである。

「品と言う物は、ただ持てば良い訳では無いのだ。その扱いを心得て、出し惜しむ気概が要る。つまりは己の行動に、気を配ることが出来て初めて完成する物だ」
「……」
「要するにだ、この様な戦いに身を置く時点で道を違えて居るのだ。さあ早く家に戻り、学を学ぶ支度をしようじゃないか。お前の時間をこれ以上、徒に消耗する必要は無い。紙とペンさえあれば、教授は行えるのだからな」
「……、……」

　よし、ここだ。
　既に半分以上は聞き流していたが、ヨシノは反撃できそうなところだけ、耳聡かった。

「その紙とペンは、どうやって手に入れるつもりさね」
「えっ？」
「言いたいコトはよォく分かったよ。でもね、どうしたって金が無くちゃァ何も出来やしないのさ。この先の食料だって、ちっとも確保できてないンだからね」

　素っ頓狂な声を上げるフォスフォラスを尻目に、ヨシノは朗々と言葉を連ねる。

「いや、しかしだな。私はお前の為を思ってだな――」
「はいはい、お気遣いありがとさン。続きは行動で示して貰えると嬉しいさね、『ご主人サマ』？　さ、修理に行こうじゃないか」

　有無を言わさず、魔法使いの襟首を引っ掴んで、ヨシノは歩き出した。

「……学や教養、ねェ」

　自分に最も縁遠いものの一つだ。ヨシノは聞こえないくらい、小さく呟いた。

　酷く酔狂だ。
　そんなものを自分に身に付けさせようとしていたのか。この魔法使いは。
　だとしたら間違いなく、フォスフォラスは人選を間違えている。
　ヨシノには戦うことしか能が無い。そのことは自覚している。
　経理はそれなりにできる。料理や掃除等の家事も、まあ、マシにはなった。
　しかしだ。
　彼女の本領は、どうしようもなく、傭兵なのだと思う。

　――それならば、共に在るのは正しいのだろうか？