「反応――直上。……」

　AIが悲鳴のように鳴らす警告音。
　カメラ映像に捉えていないにも関わらず、レーダー上で完全に重なった敵の光点。
　謎のエネルギー反応の直撃を受け、爆発もなく静かに砕け散ってゆく味方の支援砲撃型ウォーハイドラ。
　それらを苦々しげに装甲服のバイザー越しに見やり、エアロは緊急脱出用のペイロードを作動させた。


　　……………

　ここ《残像領域》の戦場に顕著な特性として、日々変動する“霧”の濃度、そして“電磁波”の影響レベルが挙げられる。
　特に、“霧”には現在の科学水準では説明不可能な不確定要素――霊的なパワーと言う者もあれば、魔術や異界技術の産物であると称する勢力もある――が含まれており、戦闘兵器であるウォーハイドラにもその駆動機構から兵装に至るまで、“霧”のもつ力を活用する仕組みが確立されている。
　戦場においては、もちろん単純に視界を遮る効果としての天候条件たる“霧”もまた重要な要件であり、当該地域では『霧・電磁波予報』なる情報媒体が一般的なものとなっている。


　「だからといって、私がそれらの情報に早々と精通し得たわけでないのは認めるよ」

　「そりゃァそうだろぉのぉ……術導タイプはありゃまずもって面倒だでなぁ、災難だったのぉ。
　　ま、ワシに聞いてくれりゃァいくらでもアドバイスしてやれたがのぉ。どわッはッは！」

　「つい先日まで痕跡も残さず雲隠れしていた要介護者に言われると実に腹立たしいな」

　「相変わらず可愛げがないのぉ……もうちょっとこう、愛想というもンをだのぉ」

　「傭兵稼業の生存に不要な技術の練度向上に時間を割くゆとりは持ち合わせてない。諦めろ、デニス」


　不甲斐なくもミッション失敗で機体を撃破されたエアロであったが、図らずもその被撃墜によって達成されることとなった主目的……探し人との邂逅を、秘匿回線越しの通信とはいえ果たすこととなったのは、いくらかの偶然による助けも大きい。
　回線の都合で荒い解像度しか使えないリアルタイムモニターの印象越しにも、エアロはある思いをひしひしと感じて嘆息した。


　「それにしても、この数年で随分老けたな。私の目は誤魔化せないよ」

　「どわッはッは！　こいつは手厳しいのぉ。
　　ま、色々とガタが来とるのは確かだがのぉ……それでも、少し前よりはかなりマシになっちゃァおるわい」

　「……見つかったのか、“アレ”が。
　　アレはもう市場には出回っていない代物だったろうに。どれくらい“積んだ”？」

　「2、3年は遊んで暮らせる額だったかもしれんのぉ。
　　とはいえ――犬死にせんためによ、残り少ない命にかける金額としちゃァ、安いもんだて」

　「そうか……」

　「お、何ンじゃぜ？　ワシの心配をしてくれとったんかい？
　　こいつは男冥利に尽きるのぉ、どわッは――」

　「妄想も大概にしろこのエロジジイ」


　会話相手の呵呵大笑を一喝でぶった切るエアロ。
　一瞬だけマイクの音量をわざとガン上げしたので、モニター越しに相手がぐおおっと耳を押さえて悶えるのを見て、少しばかり溜飲を下げる。


　「無駄話の時間も本来は惜しいが……私にも、知己の健在を喜ぶ程度の人情はある。
　　近いうちに、『妨害』の心配が無くなったら、直接会おう。他の皆の話も是非、知りたい」

　「うごご――む、おう、そうだのぉ。
　　ワシも『消毒』を済ませたら、またコンタクトするぞい。お前ぇさんも気をつけるんじゃぜ」


　自室に設置された端末とは別の、寝台に無造作に置かれた秘匿回線用携帯端末。
　その今しがた通信の切れたモニターを、装甲服のヘルメットを外した素顔のまま見つめるエアロ。

　ほんの僅か、その口元には――
　無愛想な口調に終始した会話のトーンとは裏腹に、笑顔の切れ端が確かに滲んでいたのだった。