『一般公開演習』――。

　一度に大量の傭兵が巨大な陣営に次々と雇用され、ひとつの宙域そのものを戦争状態に持ち込む程の大規模紛争が行なわれる際には、なぜか決まり切ったように付随して行なわれる催しもの。
　古代文明において猛獣と人間を見世物のごとく闘わせたという《闘技場》、その現代版とでもいったところか。
　あくまで人死にの出ない安全性の保障（建前上は）、高くも安くもない絶妙な価格で捌かれる観戦チケット、そして裏マーケットで半ば公然と取引される様々なレートのブックメーカー市場……戦場に縁の無い上流階級市民たちがこぞって『作られたスリルと熱気』を味わいに来るが、“商売道具”を酒の肴やら晒しものにされる当の傭兵達にはたいてい評判が悪い――そんなイベントである。

　そんな多数派の法則に漏れず、エアロもまた『演習』のたぐいを金持ちの道楽、堕落したスポーツもどきと嫌悪している。
　ただ――そんな本人の意図には反して、エアロの戦い方はアリーナバトルの観客たちにやたらと『人気』がある。

　理由は至極単純。
　演習において観客によく好まれるのは、主に2つ――距離を問わず惜しむことなくばら撒かれるミサイルや榴弾による爆発の花吹雪の応酬、そして最接近距離で目にも止まらぬ駆け引きからぶつかり合う格闘武器の鍔迫り合い。
　『非日常』の興奮と、『現実の戦場』を擬似的間接的に味わえるスリル……同時にそれらを体験し、没入できる交戦形態であり、端的に言えば観客たちに“受けがいい”のである。
　傭兵達のプロファイルは（個々の安全確保のためもあり）基本的に明かされてはおらず、観客たちは傭兵達の駆る――そこだけは『本物』に間違いない――ウォーハイドラに、演習の運営サイドが適当に割り当てた『いかにも』な歴戦のバトルマニアを演じるアクターらによる作られた幕間劇を付与された、いわば“既定のストーリー”を本物と勘違いして楽しむことになる。
　（まれに『売名』目的に本名や素顔を明かして「使ってもらう」傭兵もいるそうだが、基本的に多くはない）

　エアロの機体『Moon-Scraper』には、まるで時代錯誤のサムライくずれのようなざんぎり頭の髭面用心棒が乗っていることになっているらしい。エアロ自身がそれを確かめたことはないので、今は違う「役」が当てはめられているかもしれないが。


　その日は、雇い主との契約が始まって以来初めて、デモンストレーション用の模擬機相手ではなく『同業者』がペアを組んだ、傭兵ウォーハイドラ相手の対戦となった。
　エアロは相方を登録していないため、通常のミッション通りに支援機をつけてのバトルと相成ったが――

　「…支援機が最後まで残って勝ち名乗りを受ける、か。
　　対戦カード的にはオッズが爆上がりで、まぁ波乱は起こせたかな」

　――対戦を終えてデッキに戻ってきたエアロの口調は、内容とは裏腹に不機嫌の極みであった。
　いつものように作戦も何も無く、傭兵ペアのチームへ真っ先に格闘戦を挑みかかり、真っ先に攻撃を集中されて真っ先に落ちた……戦果から言えばまったくの『ノー・リターン』である。どう言い繕っても惨敗。
　ところが、試合結果自体はエアロ側の勝利――それなりにフレーム耐久値を削られていた傭兵ペア組の機体が、残った支援機のナパーム砲の連射に耐えられず撃破されてしまったため、傭兵がすべて退場した中で支援機だけが勝利判定を無言で受けとるという珍事に相成った、というわけである。

　結局、派手に動いて派手に散りつつ勝利だけはきっちりモノにしたエアロの『演習マーケットでの評価』は更に上がっていくことになるのだが……本人がそれを知る由もなく。
　その日は一日、無愛想を通り越して殺気立つ装甲服姿の傭兵に、周囲は軒並み「あーまたかー」みたいな雰囲気で遠巻きに見守っていたという。