端末の画面に表示された『整備支出』の項目、そこに記された“-3663”の減算値。
　ふぅ、と溜息をついて、エアロは開いていた情報画面を無造作に閉じた。

　「新兵の免除期間が切れるのは覚悟していたが……いささか減らされ過ぎだな。ここまでとは」

　不満げな独り言の意味は、しかし『費用を取られ過ぎ』の意ではない。
　弾薬費を除いた機体の修理・再調整費用――すなわちウォーハイドラに対する被ダメージの回復に、消費弾薬の倍以上ものコストを費やしてしまったことへの反省である。

　「あれだけ頭上を取られ続ければ当然とは言えなくもないが……
　　ここのところ、先手を敵に譲りっ放しでもある。たまにはファーストブラッドを取りたいところだ」

　もともと、エアロの格闘一辺倒な戦闘スタイルは『先手を取る』のには向いていない。
　間合いを詰めなければその真価を発揮するどころか相手にダメージを与えもできない格闘と、長い射程により索敵性能次第で反撃さえ受けず一方的な攻撃すら可能な射撃とで、その特性が正反対であるのは言うまでもない。

　それでも――エアロはさも当然であるかのように、『格闘での先手』に拘る。
　全周囲自動反応型砲台でもない限り、カメラ視界やセンサー範囲には限界があり、その死角に入り込むような機動を行なえば先手を取るのは容易……というのがエアロの信条である。
　もちろん、それは単なる根性論・理想論に過ぎない。自分だけが最適な動きを行なえることなどほとんど無いし、必ずしも死角を取る条件が揃う戦場ばかりでもない。

　それでも、空虚な理想論にこだわり、また有利不利で言えば明らかにデメリットの大きい機体選択を頑なに変えようとしない――その不可解さもまた、エアロの交友関係を狭めている要因の一つでもあった。
　誰にしろ、己の理解できない信条を振り回す『変人』とは、深く付き合いたがらないものである。


　「………ん？」


　端末の片隅で明滅するアイコンを何気なく開くと、そこには昔懐かしい馴染みの簡素な文面。
　“WILD-DEN”の意匠が刻まれた鋼鉄色のエンブレムを添えられたそのメールに、エアロは少しだけ表情を緩めるのだった。