扉の前で躊躇った時間はそう長くなかったつもりだが、伸ばした手が触れるより早く、まるで迎え入れるようにそれは開かれた。ぽかん、と少しの間、呆気に取られる。待ち構えていたかのようなタイミングでオレを出迎えたのは、他でもない、この部屋の使用者であるいづみで、完全に出鼻を挫かれたオレは面喰ったまま暫く固まってしまった。
　例えば此処が戦場で、こいつが敵だったとしたら、オレは間違いなく首を落とされていただろう。そんな、有り得もしない事をぼんやりと考えていたら、名を呼ばれて腕を引かれた。扉を開いたいづみは、当たり前のように真夜中の来客を招き入れる。多分、心配させてしまったんだろう。そう察せられるような事を、一生懸命喋っている。
　彼女は命の危険に晒される事のない世界で生まれ育ったと前に聞いたが、そうすれば皆、こんなにも無防備になれるものなんだろうか。夜中にのこのこ此処までやってきたオレが言えた事ではないから、口に出しはしなかったが。

「あ～… その、なんだ。取り敢えず、落ち着け。オレはなんともねーから。
　つか、一応危機感はあったんだな。安心したっつうのも変な話だが、―――うん。あんま遅い時間に、部屋に他人入れんなよ。って、オレが言うなって感じだけど」

　宥めるように黒い髪を撫でる。今こうして問題なく手足を動かせる事に、感謝しなければならない気がした。
　目の前の相手も、自分も。半日前までは命を落としかねない状況の中にいた事を、こうしているとまた直ぐに忘れてしまいそうになる。けれど、もう、忘れてはいけないと思ったから、口を開いた。

「―――今日は、俺の見込みの甘さのせいで、お前まで危ない目に合わせてごめんな」

　髪を撫でていた手を止める。こんな時、どういう顔をすれば良いのか解らなくて、そんな自分に苦笑う。

「ウォーハイドラ乗って戦う以外の事、オレは何も知らねェ、…と、いうか、……最低限しか覚えてねェからさ。正直、隊長みてェに上手くフォロー出来ねーと思うし、……何かあったら、その時はちゃんと助け求めて来いよ」

　自分でも笑えるくらい真面目な事を言ったのが、どうにも気恥ずかしくなって、先程からちらちらと視界に入る蜜柑を気にする振りをして視線を俯けた。お守りか何かのように扱われているそれは、確か、初日にオレがこの部屋に置いておいたものだ。
　―――ふは、と込み上げた笑いに思わず息が抜ける。

「お前、……まだ食べてなかったのかよ、ソレ。最近は霧が濃い日も多いし、中身腐ってるかもしんねーぞ、」

　小さな頭に乗せていた手を滑らせ、案内を促すように華奢な背を押しながら、部屋の奥へと歩き出す。軽口を叩いた自分が、漸くいつもの調子を取り戻している事に気付くと、また少しだけくすぐったくなった。