第八話～北の国から～


机に突っ伏す。
今日はもう何も考えたくない。

私の作った捜索用バイオ兵器は何の成果も齎さなかった。
それどころか、治安妨害疑義などと言って公安に目を付けられる始末。

【合成らぁめん】とやらを食べてから、腹具合もずっとおかしい。
腹がぐるぐると鳴るばかりで食欲も湧かない。

一体全体どんな因果で、私がこの様な目に合わねば成らぬのだ。


プルルルルルッ　プルルルルルッ


アトリエの静寂を突き破り、喧しい音が鳴り響いた。

見れば机上の鉄の箱が点滅しながら、規則的な機械音を発している。
テカテカとした明滅がやたらと目に痛い。


いや、待てよ。
コイツは確か……　　　　　　連絡用機械！


「ヨシノか！　聞こえているのか？！
　お前、いま一体どこに居るのだ！　散々探し回ったのだぞ！」

『ヨシノですか？　あなたは何を……
　……違うようですね。失礼しました』


…プツッ。　ツーツー……


画面に表示された番号を入力し、連絡を返す。


……出ない。　
ならばもう一度。


幾度か繰り返していると、ようやく先ほどの青い女が顔を出した。


『……何のご用でしょうか』


こやつ、髪色だけでなく目も非常に冷たい。


「何の用もあるか。　誰だお前は？　何故この連絡法を知っている？」

『ミチルと申します。
　ヨシノの旧友、とでも言うのが適切でしょうね。
　質問には答えました。
　業務に差し障りますので無闇矢鱈に電話を掛けませんようお願いいたします。』


また一方的に通信を切られた。
意地の悪い女だ。

構わずもう一度掛けた。


「ここはヨシノの連絡先ではなく、私の連絡先だ。
　ついでに言えば、この連絡方法はヨシノしか知らんはずだぞ。」

『……何故、私があなたにヨシノの居場所を教える必要があるのです？』


やはりコイツの話はどうも要領を得ない。


「要点のみを言えば、私はヨシノの主人に当たる者だ。
　教えてくれ青髪の眼鏡娘よ。」

『断らせていただきます、フォスフォラス様。』


おや、名乗った覚えは無いのだが。


『フォスフォラス様は主人であるのに、下僕であるヨシノの居場所を知らない。
　その時点で、主従関係は破棄されていると考えます。
　……それに、ヨシノを探してどうする気なのです。』


どうにも腹を探られている気がして落ち着かない。


「主従関係の破綻は主人たる者が決めることだ。
　お前にとやかく判断される謂れはないぞ、エレオノーラ」。


この女のことは、北海の女王の名で呼んでやろう。
冷たい髪色と態度、非常にしっくり来るではないか。

それにしても、ヨシノのことは何と答えたものか。
私に対し、明らかに不審の目を向けている相手だぞ。


「どうするかなどと、そんなことも決まっている。
　まともな飯を作ってもらうのだ！
　分かったら早く教えてくれ、エレオノーラ。」


また通信は切られた。
なんと無情な奴！

こちらも掛け直す他に術が無い。
今度は直ぐに顔を見せた。


『いい加減にして下さい。
　食事の用意が必要なら家政婦でも何でも雇えば良いじゃないですか。
　ヨシノである必要がどこにあるのです。』


腹がギュゥと不快な音を鳴らす。
次第に腹が立ってきたぞ。


「この理解なしめ。
　言外の意味を言い辛いから、ああして言ったことに決まってるだろう。
　要するにだな、ヨシノは私の大事な後継なのだ。
　そんな奴を、黙って放っておくことが出来るはずないだろう。」


破れかぶれと思われても、仕方はあるまい。
堪忍袋も胃腸の具合も、これ以上は繕える自信が無いのだ。


「それにだな、まあ何よりと言うべきかな。
　居ないとアトリエが静かで寂しいのだ。
　これくらいストレートに言えば、薄情なお前でも理解できるか？」


恐らく顔は赤く滾っていただろうか。
あまり想像を働かせたく無い。


『……良いでしょう、あの人の居場所を教えます。
　居場所と言うより、次に出る戦場ですが。
　確実、とは言い切れませんが――』


一刻も早く、という訳か。


最後まで口の減らない女であった。
ヨシノに追い付いたら目一杯文句を言ってやるとしよう。

思えばあの女の瞳は……　ヨシノと同じく赤い色をしていたな。
尤も、内に宿る温もりは別物だが。


身嗜みを整え、今度こそヨシノの元へと急いだ。