「どわッはッは！！　そりゃァお前ぇさん、いくら何ンでも戦場を甘く見すぎたのぉ！」

　「……だからといって開口一番笑い飛ばすことはなかろう、教官――じゃなかった、デニス。
　　まあ、反論の余地は……ない、んだ、が」


　卓の向かいに座る、フォーマルに身を包んだ老年の紳士から指差してげらげら笑われた挙句にばっさり結論付けられて、エアロはスカーフを外したその下の顔――やや打撲痕の残る頬のあたりを、忌々しそうに押さえて視線を逸らした。
　前日のミッション失敗で、大破した機体から脱出する際の緊急用ブースターの反動で痛打した「不名誉の負傷」である。勿論、『その程度』で済んだのは僥倖以外の何物でもないのだが。

　結構な大声で響き渡った老紳士のダミ声笑いだったが、周囲の卓で食事をとる客たちがそれを気にする様子はない。
　料理の１品１品はおろか、１回入店するだけでも下手な貧民エリアの年間生活費用を支払う羽目になるレベルの高級料理店だけはあり、メガコーポの幹部がお忍びで来店することも少なくないという店構えは、防音・防諜についても完備されている。
　当然ながら、キャリアはどうあれ一介の傭兵でしかないエアロ達にとっては高嶺の花であり、しかしそれゆえに、『他人の目や通信傍受を避けての密談』にはこれ以上なく適切な場所であった。

　なお、無論のことながら、エアロは通常身に着けている装甲服とは似ても似つかぬ――とはいえ長身白皙の女性が着こなすにはいささか地味な――フォーマルドレスに身を包んでいる。
　こちらも一見は老紳士と見えたエアロの同席者、“ワイルド・デン”――傭兵でない時の名は、デニス・アンバーという――もまた、髭で覆われた熊のような強面こそそのままながら、ドレスコードを完全に遵守した着こなしで、入店時にもエアロをエスコートする余裕を見せていた。


　「お前ぇさんの悪い癖よのぉ、強い敵と見るとすっかり勢い付いて周りが見えなくなりよる。
　　ワシらの仕事は、任務の達成と五体満足の生存じゃぜ？　順位付けの余興なンぞ他に任せときゃァえぇ」

　「……わかってはいる。理屈では、わかっているんだが……」

　「そろそろ『教えてやれる』時間も無(の)ぉなって来たでな、お前ぇさんが勇敢と無謀を区別して長生きできるようにせにゃいかんのだけが心残りよ。
　　――そうそう、心残りといえば、こいつだわい」

　テーブルに置かれた紙片。
　“ワイルド・デン”――デニスが示したその表面には、安っぽいインクでタイピングされた文字の羅列が並ぶ。

　「ワンタイムストレージの『鍵』か。……何か『進展』が？」

　「ま、詳しいことはそいつを後で根こそぎ掘り返すとえぇ。
　　お前ぇさんにとって良いニュース――《キャプテン》と《K.I.D.》の２人、ようやっと消息を確認できたぞい」

　「！！　……本当か！　本当なんだな！？」

　がたん、と身を乗り出してデニスの鼻先に食らいつかん勢いのエアロを、どうどう、と両手で押し留めるデニス。

　「まぁまぁまぁ落ち着け落ち着けィ！　キャプテンのこととなると相変わらず猫まっしぐらだのぉ……
　　うまいこと『消毒』されとったが、半月前の『足跡』を辿ることができたぞい」

　「宙域は特定できたのか？」

　「どうやら第４公転軌道あたりで動いとったようだのぉ。すぐに合流、とはいささか難しそうだわい。
　　つまりは、《ジョウ》の消息を今もまだ探しておるのか……」

　「……なるほどな。当時は皆、消息を追うどころではなかったからやむを得んとは思うが。
　　キャプテンらしいといえば、らしい。忘れては、いなかったのだな……」

　顔を高潮させつつ、それでも先刻の沸騰した気分は一段落したものか、ゆっくりと腰を下ろすエアロ。
　溜息をついて紙片を懐に収めたエアロに、デニスが声の調子をがらりと明るくして言う。

　「あとは、悪いニュースの方かのぉ。
　　――さすがにこの短期間で２度も大破脱出なンぞ、ワシの教えを忘れて腑抜けとる証拠ぢゃ！
　　次の出撃までに、シミュレーターで可能な限り絞り直してやるから覚悟せィよ」

　「え。いや、その、デニスにわざわざ老骨に鞭打ってもらうほどのことは――」

　「おゥおゥ、被撃墜王サマの労わりのお言葉が身に沁みるのぉ！
　　……“吐く”までシミュレーターから出さンからそのつもりでおれよ」

　「あー、は、はは……」

　戦場で一切の恐れを表に出したことのないエアロの表情が、平静を装った笑顔を浮かべようとして失敗した惨状のまま、ぴき、と固まった。
　ふんすふんす、と鼻息も荒く残りの料理にかぶりつくデニスに不敵に睨まれて狼狽するエアロの様は……珍しく、年恰好相応のそれだった。