カブリール・ミナスジェライス氏は敗北した。
彼は「国」で兵器開発に携わっていたが、出世の為なら手段を選ばなかった。政敵を様々な方法で籠絡し、或いは罠に落とし、蹴落とした。一族郎党を逃さず捕え、自分の担当する「複合体計画」の実験体としたこともあった。
全ては亡き妻が残した三人の子供達のためであった。彼にとって家族以外の存在など人間ですらなかった。彼は息子と娘達が健やかに育ってくれるのならば何でもした。
やがて、多方面から恨みを買ったカブリールは己が敗北を喫する事となった。
敗北までの経緯はこの際どうでもいい。彼は敗者になった。
彼と子供達は廃止が決定された「複合体計画」最後の実験体として具される事となった。


そしてカブリールは今、ガレージに立っている。
立ち上がれるようになるまで大分時間がかかった。体はミイラの如く骨と皮ばかりになっていた。どれほどの時間あの中にいたのだろうと戦慄する。閉じ込められてから外に出るまでの出来事がうまく思い出せないが、まだ意識の混濁が晴れきっていないからだろう。そのうち嫌でも思い出す事になるはずだ。
背後には忌々しい「バーントイエロー」。そして足元には三体の端末のうち青年型のそれが倒れている。顔は見えない。
（ざまあみろ）
嘲笑おうとするが、顔が上手く動かない。痩せ衰えた足で青年の体を転がす。ごろん仰向けになったその顔に、見覚えがあった。
という、よりも。
「……リオ？」
それはカブリールの息子の顔をしていた。髪はこんな奇怪な色ではなかったはずだが、顔は見間違えようもない。
カブリールは視線を上げる。ガレージの奥のベッドには、少女型の端末が二体。
「ヴェラ、アニカ」
掠れる自分の声が滑稽だった。彼ら彼女らを停止させたのはカブリール自身であるというのに。
追いついてきた記憶で、ようやく彼は思い出す。

「国」では人間の魂を扱う技術が発達していた。複合体計画とは、複数の人間の魂を抜き取って分解、再構成し、従順かつ柔軟な性質を持った人工霊を作り、それをウォーハイドラの制御AIにするというものだった。
三人の子供達は魂を抜かれ、混ぜ合わされ、生前の事を全て忘却させられてバーントイエローに収められた。
残った体は端末として造りかえられ、様々な用途に従事させられ、飽きられて、パイロット共々残像領域に追放された。それを操縦棺から全て見せられていたというのに、何故今まで忘れていたのか。最後に青年のイエローが、リオが言っていたではないか。「父さん」と。
それも「国」の連中の仕込みであったのだろう。イエロー達とカブリールの間には意図的にセキュリティホールが設けられていた。カブリールはただでは諦めない男だ。やがて彼は外に出ようとするだろう。そのときにはバーントイエローと三体の端末を停止させねばならない。つまりもう一度、自分の子供達を殺さねばならない。
そして「国」の連中の狙い通り、彼の子供達は機能を停止して倒れている。

「やっと面見せたな」
第三者の声がガレージに響く。軋む首を動かしてそちらを見ると、自分より幾らか小柄な人物がガレージの入口に立っていた。荒れた金髪に見覚えがあった。確か、僚機のパイロットだ。リビーと言ったか。
「君は」
「そいつらの連れだよ。あんたがパイロットだな」
ブルーの目がじっとカブリールを見据えている。戦場に出ている時とは違い静かではあるが、油断のない目だった。
「ああ。息子達が世話になった」
カブリールの言葉に、リビーが眉をひそめるのが見えた。
「子供にこんなことする親がいるかよ」
「……そうだな、君の言う通りだ」
足元に転がる、リオの体を見下ろす。ベッドまで運んでやりたいが、衰え切ったカブリールには無理な相談だった。
「あんた、これからどうする気だ」
リビーにそう問われた時、カブリールの心は決まっていた。
「今日一日だけ、時間が欲しい。明日には三人とも、ちゃんと起きているようにする。……ああ、操縦の事なら心配しなくていい。あれの動かし方は、分かっている」
息子だったものの傍らに腰を下ろす。
自分が何をしたところで、彼の子供達本人が戻ってくることはない。三人の魂と人格は統合されて別の誰かとなって、今は機体の中に閉じ込められている。
それでも。
「それが済んだら、私は出て行くつもりだ。会わせる顔などないからな」
今日がカブリールの最期の日になるだろう。
それでも、たとえ自己満足でも、彼はやめるつもりなど毛頭なかった。