ENo.0116　NANAKA14-σ

彼女がスリープモード（と依頼者は言っていたが要は寝る時間だ）に入る時を見計らって操縦棺を開けた瞬間に俺は後悔した。
目に飛び込んでくる情報を理解するより先に強烈な異臭が鼻をついたからだ。
その臭いは俺には馴染み深いものだった。腐った肉の臭い。
続けて薄暗い内部の様子を脳が一つずつ咀嚼し始める。
床や壁を問わず赤黒い染みが無秩序に飛び散ったような痕跡は安っぽいホラーハウスを連想させた。
操縦席があるべき場所にはつるりとした無機物が鎮座しており、その周囲を変形した装置類の残骸が取り囲んでいる。
その巨大な卵とも言うべき謎の球体をじっと見つめていると、手を伸ばせば届くほどの距離にも関わらず恐ろしく遠い場所にあるかのように感じ、かと思えば次の瞬間には視界いっぱいに膨れ上がり押し潰されてしまうのではないかという恐怖にかられ、またその表面の模様が少しずつ渦を巻くように動いているように見えて目が離せなくなり、じっと見ているうちにそれは人の顔となり、何事かささやくように口を動かすものだから思わず耳をすませば衣擦れや呼吸音を利用して語りかける声が直接意味を脳に伝えてくるようで――
そこで突然ピーピーという電子音が鳴り響き、驚きのあまり文字通り飛び上がった俺は無様に下界へと転がり落ちた。
電子音の正体は携帯端末が依頼主からのメッセージの着信を知らせるものだった。
ぶつけた体の痛みと恥ずかしさから来る怒りと、もしもあのまま見続けていたらどうなっていたのかという恐怖でぐちゃぐちゃになった頭でメッセージを確認すると、短い一文が表示された。

『再度注意するが、彼女に自分がAIであることを無理に自覚させるような言動は慎むこと。それと操縦棺は開けない方がいい』

俺はゆっくりと辺りを見回したが、ただ薄い霧ばかりが立ち込めていた。

とりあえず隠れ蓑は作ったので、ここで色々とやりくりすると良いですぞ。