ENo.0008　エリカ＝ヒースハイデ

「お前が言ってたのはこれでいいか」

現実的とは言いがたい速度でヒースハイデの格納庫へとやってきた男は技師に包みを渡す
包みの中を確認する技師　背後にいた巻き毛の女にはそれが黒い布地である事が見て取れた

「うん、流石オッサンだね」
「お前もオッサンだ。もう40だろう」
「えっ」

思わず技師を五度見くらいする巻き毛の女を置いて彼は包みをエリカに渡しに行く

「よん、じゅ……？」
「四捨五入すればな」
「た、確かに計算上そのくらいなんだろうなとは思いますけど……え？　どう見ても13か14歳くらい……」
「俺はあいつが歳をとっているのを見たことがない」

目の前で肩をすくめている男は技師と同年代のはずであるが　先程二人で会話している姿はまるで親子だった
巻き毛の女にはそれがエリカの身体再生能力より不思議に思えた
もしかすると技師もエリカのように定期的に若いままの身体を再構成しているのかもしれない……

……とでも巻き毛の女は考えているのだろう
男は彼女の思考を想像して昔の自分を見ているような気持ちになった
技師の外見が紛れもなく天然ものである事はとうの昔に確認済だ　男は肩をすくめた



エリカは迷いなく服の金具を留めていく
渡された服はそれなりに複雑なものであるが　彼の手つきは日常的にそれを着脱しているように手慣れていた

「着方わかるんだね」
「ノリで」
「ノリかあ」

難なく着替え終えたエリカは硬い靴音を響かせて巻き毛の女の方へと向かう
とはいえパーティションを隔てているくらいでそこまで距離はないため物陰から出てくるような形になった
彼が着ているのは黒い軍服　それも安いコスプレ用などではなく本格的な生地が使われているように見える
エリカはそれを初めて着たとは思えないほど堂々と着こなしていた

「ほう」
「わー……かっこいいですねっエリカさん！
　……でもどうしてこんな服あったんですか？」

疑問を投げかける巻き毛の女
男はそれに答えようとするが……それよりも先にエリカが口を開く

「あー　何つーの？　色々コメントあんだけどさ　……」

彼は両手の人差し指を立てて指先を頬につける
そのまま軽く首を傾げ　普段より明るい声色で呟いた

「『……よくこの服残ってたね？　俺ちゃんびっくりなんですけどっ』」


その言葉に動揺して僅かに音を立てたのは技師だった
巻き毛の女は目を丸くし　男は静かに腕を組んで頷いている

「…………画家くん？」
「あ？」

画家ではなくエリカだった　当然である

「……え？　あの、技師さん？　今の……」
「Erica」
「んな目で見られてもよ　言わなきゃいけない気がしただけですし？
　何となーくそういう感想湧いて出たんで　その画家とかは正直知らんけど」

「よく似合ってるな、エリカ」
男は満足げだった

「……はあ。あいつの事になるとこれだからなあ」
技師は頭を抱えるはめになった


「つーかオッサンこの服貰っていい感じ？　形見とかじゃない訳？」
「お前が着ていた方があいつも喜ぶだろう」
「ほーん　まあでも破けたり燃えたりしたら嫌なんで　ここ居る時だけ着る感じにすっべ」
「そうしてくれると有難いな」

上機嫌そうにイーゼルの前へ小走りしていくエリカ　靴音が格納庫内に軽快に響く
画材を準備している様子を見た男は手近な木箱に座る
どうやらエリカが絵を描くのを見ていくらしい

「猫係そっち座って」
「はーいっ」

「……ねえ。オッサンいつ帰んの？」
「さあな」
「……あーあ。あの眼鏡の子怒ってんだろうなあ」

思わず溜め息を漏らす技師
ただ……かつて失った日常が帰ってきたような気がして　さほど悪い気はしなかった

*にゃー*