《ジンク・ホワイト》。
　白色と灰色に塗り上げられた、軽量２脚のウォーハイドラ、ジンク。
　長い杖のような超長距離対応のライフルに、格闘戦用のブレード。異色かつシンプルな機体構成。エンブレムは何を暗示しているのか、撃ち落とされた猛禽が描かれていた。
　最も異様なのはその速さだ。軽量特有の機体スピード以上に、照準スピードが速い。ボールの遠投で例えるならば、通常は、投げ出され、放物線を描き、それが目標地点に着地してから照準を定め、射撃する。
　しかしジンクは違う。その照準は、明らかに放物線運動を終る前に終了しているのだ。地面に着地するのと全く同時か、それよりも早いタイミングで射撃し、そして着地する。そしてその例に加えるならば、その球速は他のウォーハイドラよりも速い。それを単純に、高度なＦＣＳを積んでいるからだ、とは思えなかった。
　パイロットは《ウォーカー》。
　性別は恐らく男性。傭兵で、参加する陣営を選ばない。
　企業を、国家を、戦場を渡り歩いた。杖を持ち上げれば、霧の中にライフルの音が響き渡る。その音は何よりも際立ち、残響さえ時を止めるようだった。対するブレードは静かなもので、その一撃を浴びせられた機体が、炎上、爆発する音だけ、後から聞こえた。

　＊　＊　＊

　その日の霧は深かった。
　当時の私の機体は《ガレージ・セール》という機体コンセプトで、電子攻撃を中心とした逆関節の機体だった。総火力を重視した、攻撃的な機体だった。ガシャガシャと音を立てて歩く足音はガラクタを転がしているようで、ずいぶんと愉快な機体だった。
　とある企業のプラントを徹底的に破壊する。それが私の仕事だった。
　可燃性液体のタンクがいくつも立ち並び、電撃を浴びせればそれは派手に爆発した。火柱が上り、誤って近くで攻撃でもすれば、たちまちこちらも黒こげになってしまう。配備されているガードも、無人のリモート機ばかりで、簡単な仕事だと思っていた。
　突然のアラート。
　銃声を外部マイクから拾い上げたのは、その直後だった。
　積載していた大出力の放電コイルが応答不能になり、その銃声で打ち抜かれたことを知る。レーダーにはウォーハイドラと思わしき機影。それをその以前に見逃していたということはないはずだった。つまりそれだけ、レーダーの索敵範囲に侵入してから、射撃までのレスポンスが速いということだった。それですぐにわかった。
　ジンク・ホワイト。
　私はタンク群から距離を離し、そのウォーハイドラに接近する。
　霧の彼方で、何かが確かに動いた。ブースタを不規則に吹かし、追撃に備える。
　レーダーのサンプリングタイムは愚鈍。積載した武器も過剰。
　三時の方角から一撃。それは紙一重で機体の左脇をすり抜ける。
　機体の腕部を持ち上げつつ、素早く脚を折り曲げ、跳躍。
　引き金、コイルの放電、ミス。
　衝撃。右腕部にアラート。
　放電、ミス。
　そしてジンクは霧を破り、その姿を現す。
　煌々と輝く粒子の刃。その熱源は触れる霧の粒子を透明に溶かす。
　ボルトアンカーを射出。反動で機体を後ろへずらす。ブーストを焚く。
　ブレードの一撃は操縦棺を浅く抉り、オプションパーツのいくつかが欠損。
　引き金。
　電圧不足のアラート。
　否、それよりも早く突き出されていたのは、黒く光る長い杖。この至近距離において、そのブレードは完全に布石以上の何物でもなかった。ブレードを振りぬくその制動のままに、長いライフルは完全に、操縦棺を捉えていた。

　＊　＊　＊

　ウォーカーとやりあったのは、一度や二度ではない。
　そして僚機として組むことも、何度かあった。
　作戦領域までの移動時間、いくらかの会話もした。どこまでそれが肉声なのかはわからないが、乾いた声だった。
「俺はこの仕事が一番稼げる。それだけだ」
「報酬以外に、求めるものはないと？」
「そうだ。それ以外に主義はない。リスクだって避ける」
「お前のその徹底してシンプルな武装に、薄い装甲。それはリスクとは言わないのか」
「言わないな。仕事は選ぶ。それがリスクになるような仕事はしないようにしている。俺は技術と手間と暇を売る。命は賭けない主義だ。スリルを美学とするような考えは、俺にはないんだ」
　しかし、飢えた獣のような、強烈に薫る色気が、ウォーカーにはある。名の知れたハイドラ乗りに共通する殺気。
　誰よりも強く、危険に、その声に潜んでいた。