暫く身体を横たえてぼんやりしていれば、起き上がるだけの気力も湧いてくる。それでも時計を見れば深夜だ。食事も食べ損ねてしまった。日が昇ればまた戦場へと出ていかなければならないのだから、少しだけでも良い、何かしら腹に入れるべきだ―――そう思って上半身を起こし、枕元に無造作に転がっているみかんを掴み取る。けれどそれは、つるりと滑り落ちて床に落ち、扉の方へところころ転がって行ってしまった。

「あっ、わっ…」

　慌ててベッドからおり、壁にぶつかって止まったみかんを拾い上げる。それと同時に廊下から微かな気配を感じて、私はぱちりと瞬きを落とした。こんな時間に？誰だろう。通りすがりかと思ったが、けれども確かに扉の前に佇んで、恐らくはこの部屋の中を伺っているようだ。待つべきか否か迷う時間も無くノブを掴んでしまうのは、常々ひとに良く言われていた、落ち着きのなさが為せる技だったのかも知れない。或いは、その正体に察しがついたから故に。
　ガチャリと音を立てて扉を開いた。驚いたように、目を丸くする男の人の姿がそこにはある。

「……せんぱい！」

　そこにあった顔は、やっぱり、想像通りの相手だった。何かひとこと掛けられるより早く、無意識に伸ばした手が相手の腕を、もちろん怪我をしていない方のそれを掴んで軽く引く。元気そうだ。思ったよりも、ずっと。心配に凝り固まっていた気持ちが溶けて安堵の息に変わりながら、自分の部屋へ呼びこむように道を拓く。手に持ったままのみかんが、大切そうに持ったそれが、ほんのかすかに爽やかな香りを振りまいた。

「せんぱい、良かった…大怪我してたんじゃないかって、思って、…
　いや十分に大怪我してるとは思うんですけれども、でも、本当に……よかった。
　様子見に行こうかなって思ったんですが、時間も時間で…あ、せんぱいは良いんですよ！
　来てくれて嬉しかったです。いつでも来て下さいね…って、そうじゃなくて…。
　えっと、私は見ての通りちょう元気！で……えっと、その、…無事でよかった。です。…」

　口が、よく動く。ぺらぺらと思うがままに喋る。自分の言いたい事だけを好き放題のたまってから、ふう、と息を吐いて顔を上げる。きっと先輩はあっけにとられたような顔をしている事だろう。それだけ嬉しかった。よく知った相手の姿を、また見ることが出来たのは。
　改めて、相手を見上げた。

「みかん、食べます？前に貰ったやつ…一緒に食べましょうよ、ね、せんぱい！」


＊　＊　＊


　そういえばおひなさまだった。スピーカーから流れてくる歌に、指先が自然とリズムを刻む。
　この残像領域にもおひなさまというイベントはあるらしい。ただそれだけが、嬉しい。