正直言えばヤバい山だとは思った。足を洗った俺が、再び危険な橋を渡ろうとしていることに気づくと、同時に妙な笑いがこみ上げてきた。ここまで来れば生粋だ、と胸を張れるほど俺は若くない。この笑いは俺に対する皮肉だ。
福利厚生のある僚機の誘いなんぞ聞いたこともねえ。が、よくよく調べりゃこの婆さんは相当な経歴の持ち主で、どうやら道楽ってわけじゃねえことは馬鹿でも履歴を見りゃ解る。俺はここに単に遊ぶ金と暮らす金の足がかりを作りに来たようなもので、ダメ元で履歴書とパーツ構成図を送ったのだった。
最終面接はホテルのバーだった。あの指一本ぶんのスコッチは女と入る安宿ぐらいの値段なんだろうが、丁寧にそいつの数字も見せねえ上品さだった。俺が選考に残った時には既に素直に喜べなくなっていただけあって、酒を煽れる席は実に好都合だったね。

　＊　＊　＊

「『他に幾らでもいるはず』なのさ、俺みたいな奴はさ。格闘ハイドラ乗りってのは大体が若い、腕が良い奴だって中には居るだろう。現場を知るにゃ適任者が他に幾らでも」
「ああ、そうだろうねえ。いくらでもいる。しかし、ならばあえて聞かせてもらうよ。お前さんのあの機体はなんだ？　お前さんと他の格闘ハイドラ乗りに決定的な違いがあるとするならば、その理由だ。ただ格闘をするにしては、あれは『盲』すぎる」
ウィスキーの本格的なフレーバーが鼻へとせり上がる。この婆さんはつまり、俺の形振り構わん仕事で身に着けた一種の経験値を機体デザインから判断したわけだ。そう理解して声を掛けてきたの「だとしたら」？馬鹿言え。掛けてきたのさ。
俺は氷を弄んでいた左手を止め、少し考え込んだ様子を見せた。
「……十分だからだ。つってもまあ、僚機が居なけりゃああはならないだろうが……それでも十分だ。相手よりも速く動いて相手よりも速く斬り込むことを考えりゃまあ、ああなる」
「ははん、読めたぜ。俺の事をどこまで調べたんだい、グレースさん」
「それなりにコネクションがあるものでね。大企業がアクセスする程度のデータベースなら、目を通させてもらった。長い僚機契約を結ぶんだ。まあ、それくらいのことはするさな」
ロクでもねえ仕事ほど、ミスをした後の情報の広がり方が速い。レイニー・インダストリアルの輸送車襲撃の時、それから……あの時か。俺がこの首無しを駆っている理由の八割がソレだ。通信不能な速さでスクラップにしてやることが、俺が仕事を出来る期間を延ばす唯一の手段であり必須の技能だった。超遠距離からの索敵サポートと、超高機動ハイドラの急襲の配置。命が惜しい大人が相手なら格好の餌食だった。
「当時はこっちも仕事でね、ご想像通りの汚れた仕事の出身さ。そのうち逃している二回が登録されている情報……って所だろうな。俺もあんな機体でまだスクラップになってねえのが不思議だが、逆に言えばアレで生き延びてるって所を買ったってところだろう」
「まあ、概ねそう理解してもらって結構だ。無論、書類選考はいくらか行い、何人かオンラインでのやりとりはした。が、実際に面会するには至らなかったのさ。ある程度通信をすれば、どれだけそいつが『信用』できるかなんてわかる。そういうもんだろう？」
そしてそうだとしたら、実戦じゃ命を簡単に賭けられる奴が奇妙に強いことをこの婆さんは知っているな。食えない所か俺より上手だ、参ったな。そう思った。だとすりゃこの小器用な婆さんが俺の僚機になるとしたら、そりゃあもう抜群にやりやすいだろう、とも。

　＊　＊　＊

「―――案外お前さんの雇主は、あっけなく死んでしまうかもしれんよ」
違うね。死んでしまうかもしれんような所で戦いたいんだ、この婆さんは。笑う口元は若いハイドラ乗りのうち、技術があって度胸があって、何も失うものが無い奴の形をしていた。半分は死ぬタイプの微笑みだ。
「笑顔の方が素敵だよ、レディ。だがそんな皮肉さえ言えない仕事をして見せるさ、そんな隙が生まれん為に俺が居るんだからな」
「よくそんな歯の浮くようなセリフを吐ける。しかしそれならば、さしずめ頼もしいナイト様というわけかい」
「現在進行形の『無型』と共に戦う日を楽しみにしているさ」
「こちらこそ楽しみにしている。よろしく、ヤクモ」

　＊　＊　＊

俺のハラを安心させるためにギアをあらぬ方向へ入れ続けたこの婆さんに、俺は誰かの面影を見た。かつてそうした女がいた。いや、あるいはまだ。
あの時のように戦ってしまえば俺はあいつを遠くへ置き去りにしてしまうのではないかという、瑣末な不安が過ぎた。霧は婆さんが席を立った後も、俺の喉奥からフレー