ナヴィガトリア。

異国の言葉で天上の星という意味。
いっときも沈むことなく、常に空の一番高いところを回る永遠の星。旅人たちの道標。
この機体が全てのハイドラライダーたちの目指すものとなるように。このハイドラが、常に輝き続けるように。

そう、ルキナが名付けた。


「はあ……脳？頭で動かすってことですか？あまり想像ができないんですが…その場合手足はどうすれば？」
「厳密には脳の信号ね」
自分の机から持ってきた、何百ページもあるだろう重厚感のある本を、どん！と机の上に広げ。付箋を貼ったページを、もはや捲るというよりは持ち上げるに近い動作で開く。

「ずっと前に医学書で見たのを思い出して、思いついたの。ああ、これよ。脳にはそう、機械みたいに電気信号があって、それで手足に動作を伝達させてるの。それを機体の操縦に応用するのよ。機械にできるんだから人間にだってできるはずだわ。脳信号を主とした操縦システムを作れば思考から手足という段階を踏まずに、より早い反応速度で機体を動かせる。戦闘機にはピッタリだと思わない？ああでもそれには機体自身もその速度に対応できるくらいにしないと。軽量化…あとはネットワークシステムの高速化と……」

「ちょ、ちょっと。待ってくださいルキナお嬢さん 」
設計士長が慌てて口を挟む。彼をはじめ、周りの設計士たちの顔には不安の色が浮かんでいる。
「そんなの聞いたことないですよ。第一その、信号ってのはどうやって読み取るんで？まさか頭にケーブルを繋ぐとか言いませんよね？」
「私は夢物語を語るような子供じゃないわ」

そう言うなり、隣の机にある大型のパソコンを起動させると、画面上に図面のようなものを映し出す。
「昨日徹夜して設計図を考えたわ。簡単なものだけど」

そこにあったのはとても一朝一夕で作れるようなレベルのものではなかった。
唖然とする設計士たちの前で、ルキナはなんとなしにそう言ってみせた。
ちょっとお腹がすいたからパンケーキを作ってみた。くらいの軽い口調で。

（声が聞こえるの）

幼いとき、ルキナがそう言っていたのを設計士長は思い出した。
自分は機械の声が聞こえて、会話ができるのだと。
過去に彼女は、ベテランの設計士でさえわからなかった機体の故障の原因を言い当てたこともあったし、逆になんともない風に見える機体の異変に誰よりも早く気がついたこともある。

もちろんルキナ以外にそんなもの聞こえるわけがないのだから、幼い少女の空想だろうと、誰もがそう思っていた。
とはいえ、彼女の能力はもはや、空想の一言では片付けられないほど突飛したものであることは、間違いなかった。

「まだ詰めなきゃいけないところはあると思うけど、みんなうちの優秀な社員だもの。できるはずよ。これが実現すれば、この業界ひっくり返るわよ」
椅子をくるりと回して社員たちを振り返り、ルキナはにやりと不敵な笑みを浮かべた。
それでもどこか、面白いことを企む子供のような無邪気さがまだそこにはあった。

ナヴィガトリアに試験的に導入された、その脳信号伝達システムは“HALO system”と名づけられた。



「早く、あなたが動いているところを見たいわ。ナヴィ」

もう閉め切られた巨大な整備室の隅で、まだケーブルに繋がれたままのナヴィガトリアを見上げ、まだ傷一つない、真っ白で少しパールのかかったボディを指先でつ、と撫でる。
16歳にして、まるで母が子を慈しむような、そんな手つきと表情で。