「お前の素行不良ぶりは、もちろん承知していたもんだがね。まさかうちのもんに手を出すとは思わなかった。ヤクモ」
「素行不良とは随分な言い方じゃないか、自然と、成り行きでなっちまったもんはなっちまったもんだろう」
　ヤクモは、こうして呼び出された時点で、ある程度の議題は推測していたらしかった。私の言葉に、さほど表情は動かない。
「いや……それであのストパーが納得してねえんなら謝るけどな。別に無理強いしたわけじゃあるまいし」
「別に私は二人の内面に触れるつもりはない。無理強いならとっくにお縄についてもらっているよ」
　私は続ける。
「私がお前に言いたいことは概ね二つ。メカニックの仮眠所をそういった用途に用いるな。他のメカニックの勤労意欲に支障が出る。これは彼女にも十分に注意しておいた。宿泊施設に困らない程度の報酬は支払われたばかりだろう。シャワー室も同様だ」
「…………聞かれてたわけか、悪かった。つい雰囲気的に燃えるかと。い、いや、悪かったって」
「もう一つは、だ。そうしたトラブルはこれまでに幾度と重ねているな？ それはお前の『執着』なのか？ 『性質』なのか？　……いや、どちらでも同じことか。克己しろ。執着であれ性質であれ、お前はそれに縛られている。盲の機体もそうだ。お前は機体の軽さという自由を下にそれを『選択』したと認識しているな？ 私にはどうも、そうは思えない」
「……。一体どこから調べ上げたんだか、それこそお縄につくような事は一回も無かった筈なんだがなあ」
「大手企業が機密事項の高い任務を任せる、お抱えのハイドラ乗りを持つ際と同様のプロセスを使わせてもらったよ。この社会は情報というものはいくらでもある。クレジットとコネクションさえあれば、概ねのことは知れるさ。私の本名だって、そう苦労せずに掘れば出てくる。……勘違いしないでおくれよ、別に私はあんたを疑っての調査ではない」
　それはヤクモの雇用が決定した後に行った調査だった。この若者について知ることは、私にとって有益だという予感があったからだ。
　ヤクモは少し間をおいて答えた。
「いや、俺が異常であろうことは俺が一番知ってるさ。女にしろ何にしろ、実利を最優先して動く。俺に与えられた自由の範囲でな」
　実利。その言葉に納得は出来ない。ならばこの男の持つ、飢えた獣のような風合いはどこからくる。そうして狩りで得た獲物にまったく満足していないと判断せざるを得ないだろう。それは、何かヤクモを駆り立てる別の理由があるか、胃袋というものが底なしなのか、あるいはあらゆるものが刹那に過ぎるという虚無の表れか。もともとハイドラ乗りにそうした男は多い。自らの命をカミソリの上に乗せ続けるような人生だ。おかしいことではない。この男は例に漏れずそうした男ということなのか、あるいは何か理由があるのか。
　しかし私はその疑問を口にしなかった。少なくとも、この男の飢えから来る攻撃の軌道は美しく洗練されていた。撃破した機体に対しての執着のなさは見事なものだった。だからこそ興味がある一方で、深く追求するには、慎重になるべきだろう。そう判断した。
「……だが、機体は別だ。あんなナリしてるが、以前は本当にアレでこそ良かったんだ。今あんな機体で満足しちゃいねえが、けれども死ぬまで根本は変わらんだろう。……こいつはグレースさん、『執着』だ」
　その言葉に、私は小さく笑った。
「目を得よ、あるいは放逸さを封じよ。お前はお前がそれを恐れるならば、尚のことそうすべきだ。ヤクモ」
　私は自らそう口にしながら、その言葉の意味を自らで理解していなかった。その言葉は、おのずと言葉として吐かれている。それは操縦という場においても、理解より早く身体がそう動いている、という形で成されることがあった。その相似形である。
　そこに何かしらのヒントがあるように思えた。生死を分かつ一撃の瞬間に生まれる、深く暗く何も見えない海の底、足先が何かに触れたかのような予感。この会話の一端に、私はそれを感じていた。
「俺が何かに怯えたりした所を見たか？女については全くもって俺が悪かったが、流石に雑に扱うつもりはねえからあいつをこのまま充ててくれ。機体に関しちゃ、こいつは申し訳ないが変わるつもりは今の所ねえ。そうする理由が俺にはある。……まだ十分に」
　ヤクモは言う。
「目的があるのさ。俺には戦闘狂の側面もあるが、それとは別にだ。両立しうる目的が」