割れた風船から飛び出す水の如く、弾けるようにして戻った意識は
全身を包む疲労感と、根底を揺るがすような酷い狼狽に出迎えられた。

いつもであれば、少々の疲労と昂りが心地好く響く程度であったのだから、これは只事では無い。
何よりも、あの狂気がここまで揺らぐとは。

それに起因するノイズに悩まされつつも
私達は務めを果たそうとする。

「〈傲造〉〈測猟〉状況報告頼む。」
「ヘェーーーーヘェーーーー！
クク、コリャえらいヤられたもんだァ！まるで糸の切れた人形。まだその辺のドールのほうが綺麗だぞォ！ワァンー実験は開店休業だよー！ボクたち閑古鳥カァーカァー！」
「センサー類が寝ちまってて、現在地は未だ不明。目視による観察から、かなり北に来ちまってるみたいだってことはわかりました。寒冷地生息の植物だらけです。ただ霧が濃いためまだよくわからンです。時間はそんなに経ってないはずなンですが。。。シチュエーションはイエロー。」
「そんなカンパンみたいな情報、よぉく〈頭梁〉のお耳に入れる気になったねェーエライネー」
「いってろ。あ、あともう１つ。近くにあの車輪野郎がいます。車輪以外にハイドラは無し。ハイドラの残骸も近くには見当たらない。車輪は沈黙中だが動力は無事の模様。よってイエロー。」

どうやら意識が無くなってから今までに、想定以上に機体が損傷するような出来事と、機体座標が著しく変動する出来事があったようだ。
あの博士が操るこの機体がここまでやられることも驚きだが、何よりこの状況がとてつもなく妙だ。

博士はハイドラを破壊する以外に行動するわけがないのだ。私達が意識を取り戻す時は、決まってハイドラの残骸の中に佇んでいた。例外は無い。
ハイドラの残骸すら見当たらないこの地に、一体何故我々が居るのか。

それではもしやあの切り裂く車輪を追ってここまできたとでもいうのだろうか？
答えはもちろん否だろう。何故なら報告にもあった通り、車輪の動力が生きているからだ。
博士があの憎き動力を見逃したまま黙り混むわけなど無い。

この奇妙な状況が、この酷い狼狽の原因なのだろうか。

なんにせよ状況はイエロー。実験を続けるためには、一つ一つ懸念点を潰さねばならない。そのための私達なのだから。
　
「あーボクも１つあったあった。右手武装がよくわからん塊になってウーショック！オリハソツカじゃ動かせないシロモンにいつの間にかなってらァー！」

〈傲造〉の報告はこの状況の奇妙さを更に膨らませた。博士があの武装を自ら外す訳が無い。
ことここに至って、現状は博士によってではなく、何かしらによってもたらされた可能性を考えずにはいられなかった。

誰が何のために。どうして我々を。


私達はゆっくり宙を見上げた。
麻酔のような静寂。ガス室のような霧。
その上から遠慮も無く差し込むのは、私達を睨むような月の光。
何度も越えたはずの夜が、また何度もやってくるのは、このような身体になっても変わらないようだ。
視線を戻すなり、オリハソツカの稼働が開始された。循環する霧が我々を包み込み、すっかり月は見えなくなった。
越えよう。我々にはまだ残されているからこそ。
喪ったモノたちのためにも。


『…や……………』

どこからともなく、声。
霧に起因するノイズが酷い。

『い…で』

その声は女の肉声。
語気は強い。ほとんど悲鳴だ。

『も………………な………………』

はっきりとは聞き取れないが
懇願の色を感じとることはできた。
オリハソツカを緩める。
月の光がまた現れる。
どうやら例の車輪からの通信のようだ。



『イヤだ！もういかないで！』
命を、感じた。


「QRZ? こちらはデイレイゾ」