赤い剣は咆哮を上げ追手に突進していく。私も残り少ないリソースで懸命に援護する。
　理由はわからないがこの奇妙な機体は私を敵視していないようだ。通信も切っているのか無視しているのか反応がない。だが、とにかく好都合だ。

　と、その時。
　突如機体が停止し、震動しだした。何が起こっているのかわからないがまともな状況とは思えない。一瞬の後に相手ハイドラからの射撃。被弾する。
　先ほどまで挙げていた咆哮も今は聞こえない。

　その瞬間。
　霧がねじれ、たわみ、そこにトンネルのような場違いな空間が発生した。
　父さんは"渡り坑"と呼んでいた。この世界で稀に発生する現象で、この目で見るのは始めてだ。あの場所を通って異なる世界の人間がこちらにやってくることがあるのだという。噂の類だと思っていたけれど、事実眼下にはまったく見たこともない奇妙な機体と、そのとなりで戸惑った様子の何人かの人間がいた。

　つむじをがくん、と引かれる感覚。

見れば後方にもう一つの“渡り坑”が空いていた。信じられない。こんな偶然があってなるものかと思う間もなく私と例の機体は巨人に掴まれたようにそのコントロールを失い、墜ちていった。
　意識が途切れる。

　＊　　　　　　＊　　　　　　＊

　月が見える。いつの間に夜になっていたのだろう。かすかに緑がかっている霧とも雲ともつかない靄のむこうで、おぼろげだけども、見える。
　放つ光はあたたかいような気がしたけれど、それはきっと勘違いだ。私はかぶりを振った。
　あたりはおそらく旧い戦場だった。灰白色の岩山が見える限り続き、思い出したように今ではあまり見かけないロー・テクの戦車や装甲二脚の残骸などが散らばっていた。インヴェーションのスチムエンジンはわずかながら拍動を続けてくれている。広域マップ。奇妙なことに、先ほど追手と交戦していた地域から、いくつもの山と海を越えた場所に私は存在していた。"渡り坑"を抜けたからだろうか？　分からない。とにもかくにも逃げ延びれたようで、私は安堵のため息を吐く。

　数十メートル離れた場所に崩折れる例の機体。おそらく"渡り坑"に一緒に呑まれ、運ばれてきたのだろう。経過はどうあれ、彼/彼女が介入しなかったら私は死ぬか、再び拘縛の身だったろう。坑が開くのを待つまでもなくやられていたに違いない。インヴェーションほどではないとはいえその機体は傷付いている。パイロットに声をかけるべく私は近距離通信用のピンジャックに触れて、そして気付く。

　インヴェーションの右側面を、例の機体に付属していた細身の円錐穿孔装備――有体に言えばドリル――が貫いている。
　そして向こうの右腕部には、インヴェーションに装着していた霧内炎噴射孔が、まるで子供が接着剤でとりつけたかのように歪に融合している。

「何だこりゃ……わけがわからない……」

　コックピットのマルチボードをかき回し、ピリミアータをくわえる。最後の一本だ。ああそういえば結局買い損ねたんだったな。ニコチン切れの気怠い苦痛を想像して私は眉をしかめ、煙を吐き出した。

　旨い。

　少し間を置いて、私はゆっくりと通信回線を開く――