第七話　～Euphonos～

繁華街の喧騒は余りにも煩雑すぎる。
漸く探り当てた食事処は、如何にも寂れた風体をしていた。

【合成らぁめん本舗　～安い！　早い！　麺！～】

テーブルが無いので、仕方なく厨房に隣接した長机前に腰掛ける。
何を注文する暇も無く、どんぶりに装われた汁麺が出てきた。

何とも在り来たりな、ごく普通の汁麺である。

だが、何と言ったものか。
どこか非常に鼻の奥を付く香りがする。
それに盛り付けが非常に乱雑だ。

鳴る腹には逆らえず、一口啜る。
ううん、別段に不味いわけでは無いのだが、やはり匂いが気になる。

ヨシノの料理も繊細とは程遠かったが、ココまで鼻に付く香りを出したことは無い。
何しろアイツも同じモノを食べる訳だから、当然といえば当然である。
見た目が豪放な点については共通しているのに、こうも違うものか。

ズルズルと麺をすする。
顔や服に汁がとび、小さな染みを作る。
だが何と言ってもこの匂いだ。
何を使ったら、こんな機械の油のような匂いが食物に付くのだ。

いかん、頭が痛くなってきた。
匂い…。　匂い……。
匂いがこうも私を惑わせるとは、不覚の極み……。
おのれヨシノめ、主人にこんな匂いを強いることをするとは……。


その時、私の頭に雷鳴が轟いた。


食べ掛けの麺を全て流し込み、急いでアトリエへと向かう。
必要な材料を全て集めた後、軍の兵器廠へと向かった。

機械の扱いは苦手だが、ココの施設の扱いには少し心得がある。
ヨシノが扱う様を、逐一間近で見ていた結果という訳だ。
オマケに設備に関しては、悔しいが私のアトリエよりも適した物が多い。
少なくとも、今から私が作ろうと企んでいる物に関しては。


「――よし、出来た！！」


培養炉の蓋が開き、中から小さな多脚生物がノロノロと這い出てくる。
バイオ兵器と呼ばれる人造生物で、戦術兵器としての枠組みに当たるらしい。

私はコイツに、一つの素晴らしい機能を備え付けた。

　ギー

早速テストを開始する。
これはヨシノが近くに居ない時の鳴き声だ。

　グギッ　グギギッ

これはヨシノの気配が、遠く在る時の鳴き声。
風向きにも寄るが、凡そ１００ｍ程の範囲だろうか。
実はコイツには、ヨシノの遺伝子の匂いを嗅ぎ取る能力を持たせている。

　ゴホッ！　ゴゴホホホ！　ゴホホ！

バイオ兵器が興奮し始めている。
これはヨシノが近くに居るが、視認できない場所にいる時の鳴き声だ。

ヨシノの匂いの記憶及び、そのテストにはヨシノの頭髪を用いている。
幸い、奴の私室としていた場所に頭髪は多く残されていた。
もちろん居間や風呂場にも頭髪は多く落ちていたが、
私の毛色と混ざって見比べ辛かった為そちらは用いていない。

　グギャアアア！！　グギャ！　グッギャァアアアア！！！！！！！

これはヨシノの匂いの位置を完全に把握した時の鳴き声だ。
実に分かり易く、理想的な声を出してくれる。
テストは全て順調に行われた様子だ。

次の瞬間、バイオ兵器はヨシノの頭髪に喰らい付きメチャクチャにしてしまった。

ううむ、現状だと発見と同時に襲い掛かってしまうこと難点か。
元来が兵器たる所以の欠点とも言えるが、改善には根本からの調整が必要となる。
流石にそれは時間が掛かり過ぎだ。

だがまあ、その時は私が間に入って止めれば良いだけの話。
別段に問題とは成らんだろう。

完成した捜索用バイオ兵器はちょうど二体。
ちょこちょこと、私の足元近くを縋るようにして着いて来る。

頼りがいのある相棒を引き連れ、私は再び街中へと繰り出していった。