「ハイドラ乗りは命を賭けすぎる。命を危険に晒すという行為そのものに、無上の価値を感じているかのように見える。俺にその美学はわからない」
　ヤクモは、ウォーカーとのすれ違いを悲しいことだと言った。それが悲しいかは、私にはわからない。
　あのとき私は、確かに勝利と、達成感に満ちていた。決して届かないとさえ思いはじめていた存在に、自分が並んだのだと。そのために積み重ねてきた多くのものが報われた気がした。霧に沈む古戦場の中一人、ただ一人いるその場が、世界の中心であるかのように思えた。
　だが、今になってわかる。私は決してウォーカーの域に到達したわけではない。
　私はウォーカーを撃ち落とした。それは合理的な技術の積み重ねと、わずかな幸運のおかげだ。期待値を増やし、そして勝利したのだ。確かにそれは、私の積み上げてきたものの成し得た勝利だろう。
　技術の勝利――しかしそれ以上の価値はない。それは立派に誇るべきことであれど、私は結局のところ、彼の強さを、彼を理解することはできていなかったのだ。
　しかし、ウォーカーはもういない。
　あの古戦場での戦いからしばらくして、ウォーカーは傭兵をやめた。傭兵をやめたあとのウォーカーとは、一度ばかり話をし、それきりだった。人知れず暮らすつもりだと、そう言っていた。
「ワオーン」
　犬の画像が、作戦領域への到達を報じる。ディスプレイ脇に貼り付けたコード識別表にはふざけたコードが並んでいる。まあいい。
　レーダーには機影。
　霧は浅く遠方にスレイベルを目視。
　予測された通りの接敵。速やかに跳躍姿勢に入ると、アブソーバが加速度に備え始める。
　それに合わせてスレイベルは尚も接近を図る。死にたいのか？
　炎で目を塞ぎ、後退、爆雷で二機目のアプローチを牽制。タイミングは悪くない。
　まだ燃え続ける一機目をロック、トリガー。命中を確認せずに離脱。
　事もなく進む戦況。物足りないのか？
　グレース、お前の恐れているものはなんだ？　死か？
　ヤクモは踊るように目標を次から次へと切り払う。鮮やかだ。空腹な猛獣の狩りを見るようだった。
　私は死を恐れているのか？　きっと恐らくそうだろう。
　だからスリルを求める。
　戦闘の熱狂に身を沈めるのは、それは死を恐ろしいものとして認めているからだ。
　電波塔が斬撃に破壊され、爆発。カメラに閃光が咲いては消える。
　弾丸は、火炎は、花は、何も恐れを持たない。
　命知らずはスリルを嗜みなどしない。
　戦場に響き渡り、咲き、そして消える。それだけのこと。
　引き金を放ち、炎の霧を撒く。背面下部のスレイベルが滑り込んでゆく。
「ただ乗るだけだ。ただ当てるだけだ。それ以外にない」
　大破しかけたスレイベルが、最後の反撃を加えようとそのブレードを振りかざす。
　トリガーは、すでに引かれている。
　それを最後に、スレイベルは沈黙する。