一人きりになったイエローは、ぼんやりとガレージで自分の機体を眺めていた。
イエローは操縦棺に触れることができないようプログラムされている。『バーントイエロー』の操縦棺は極めて頑丈で多少攻撃された程度ではパイロットには傷一つつかないが、その代わり緊急時にパイロットを射出する機能も失われている。操縦棺から出るには内側からロックを開けなければならないが、パイロットは操縦棺内で拘束されているためそれも不可能だ。
そんな事を、今のイエローは思い出せてしまう。
操縦棺とパイロットについてのデータは本来なら機密事項であり、イエローには参照することの叶わないものであるはずだった。しかし今のイエローにはそれができる。『彼』が、パイロットがイエローの端末を二つ掌握し、悪用されるまえにイエローが端末を停止したため、バーントイエロー内のプロテクトが全体的に緩んでしまっている。
そう、パイロットが『彼』であることも、今のイエローには分かってしまう。
イエローはバーントイエローを制御するAIであると同時にパイロットを拘束し封印する枷でもあった。だが、今や内側からイエローはパイロットに侵食され、封印は破られつつある。
何度も報告を送ったが、国からの連絡はなかった。見捨てられたのか、或いはこれは残像領域の調査などではなく、追放だったのかもしれない。思えばバーントイエローの作りはあちこちに粗があった。見た目は必要以上に不気味な有様で、パイロットは機体から降りられない。そして何より、イエローは三体の端末以外にコミュニケーション手段を持たない。通信も基本的には端末を通してしか行えないようになっている。極めて不便だ。いや、予め不便になるように作られたとしか思えない。
今動かしている青年のイエローまで掌握されてしまうと、イエローは完全に外部の交流手段を失う。それどころか、機体の操縦も全てパイロットの手に委ねられるようになる。青年のイエローは機体の根幹部の制御にも関わっているためだ。そのせいで他の端末達よりも掌握が遅れているが、正直なところ、それもこれまでだろう。
ずっと、『彼』の声が聞こえている。返せ、と。
私の体を返せ。家族を返せ。ここから出せ。
体は返してやれるだろう。イエローを全て掌握すれば『彼』の拘束は解かれ、彼は外に出ることができるだろう。だが家族だけは無理だ。イエローはそう理解していた。『彼』の家族はもはや無く、以前とはまるで違うものに変えられてしまっている。なぜなら。

イエローは目を閉じる。

『彼』が自分を、バーントイエロー複合体を憎んでいることは、羽音のような怨嗟の声からこれでもかと伝わってくる。
イエローはもう一度溜息をつく。
この端末も支配され、機体を動かすこともできずただ中から外界を眺めていることしかできない存在に成り果てる時は、そう遠くない。今日の演習まで持てばいい方だろう。
イエローがイエローでなくなったその時、パイロットは降りてくる。間違いなく。何しろ今の『彼』の思考にはそれしかない。封印によって制限された彼の脳はただひたすらに棺から出ることを望んでいる。己が生ける屍に近しい存在で有ることも、己の過去もろくに思い出せない事も忘れて。
逆にどんどんプロテクトが揺らぎつつあるイエローは、殆どの事を思い出しかけていた。パイロットが誰なのか、自分は、表向きバーントイエローの制御AIとされている自分は一体誰の成れの果てなのか。

「……頼むから、」

イエローは呻く。
こうなった以上、生きても死んでもいない自分が停まる事について抗うつもりはない。だがそれでも、一つ、気がかりなのは。

「おれの僚機には、リビーには」

彼はこんな訳の分からない存在とペアを組んでくれた。
決して長い時間ではないが、共に残像領域で戦ってくれた。
『彼』が棺から出て何をするつもりなのかは分からない。理性なんて残っていないかもしれない。
だが、それでも。

「リビーには、手を出さないでくれ。頼む。……父さん」


イエローには祈ることしかできない。