ENo.0008　エリカ＝ヒースハイデ

「にゃー」

エリカは格納庫の中で一匹の白猫と向き合っていた
人差し指を猫の前にちょいちょいと出して振る　猫は片方の前脚を上げて空中を掻くような動きをしてみせた

「にゃーおにゃお。みゃんみゃん」

ちなみにこの猫語を喋っているのは猫ではなくエリカである
指先に肉球が触れては引っ込む　その度にﾌﾋｯと薄気味悪い笑いを漏らす　彼の表情は凍りついたように動かない
後脚のみで立ち両前脚でエリカの指先を捕まえようとする猫
それを見たエリカは指を猫の正面から頭上高くへと移動させる
猫が縦に長く伸びた　陰気な笑い声が格納庫に響く　無機質に見下ろす薄紅の瞳
その奥には何の感情も宿っていないように見えた


「は～～～～～～～～～～～～ねこかわいいねこ　ﾈｺﾁｬﾝ……ﾌﾋﾋ………………」
実際には宿りまくりであった
彼は間違いなく猫で遊ぶ（猫とではないのがポイント）事を楽しんでいた
少なくとも思わず気持ち悪い笑い声が出る程度には
にも関わらずそれが微量たりとも表情として現れない理由は実のところ当人にもわかっていない
顔のつくりが笑えるようにできてないのだろうと彼は興味なさげに言った
別段気にする事もなくエリカは猫と戯れ続けている

なおこの猫はエリカの情緒面を確かめるために男が格納庫内に放ったものであった
食や金に関心がなくとも猫には興味を示すことがわかりエリカの人間的な部分を確認した男は少し安堵した
その後部下である女には他にもっとやるべき事があるでしょうと言われたらしい

「やっぱ猫って神だわ……やかましくねーし　犬はねーよ犬は　きのこより無いわ」
床に転がる猫のふわふわしたおなかを撫で回し顎をごろごろする
猫耳を指でパタパタ開閉して遊びながら彼は満足気に息を吐いた


しばらくしてエリカは両手や首元や背中などを中心とした全身の痒みと咳に襲われた
猫アレルギーだったらしい
クソがマジ無理死ねなどと罵倒を繰り返しながらエリカは操縦棺の中へ戻っていった



後日ヒースハイデの格納庫の中には猫の餌皿や水飲み場などが設置された
エリカは再び猫を撫でては咳が止まらなくなり悪態をつきながら操縦棺に戻る
餌は女の同僚（猫好き）が来て与える事になっていた
ヒースハイデからカメラを伸ばしてエリカは猫が水を飲む様子を見つめていた

「てかハイドラの横に猫とかうろついてて大丈夫な訳？　なんか誤作動とか起こさねーの」
「獣人もハイドラに乗るご時世だ。獣の毛くらい入ったところで問題は無いさ」
「へーソーデスカ（興味無し）」
「ヒースハイデの為にもなるかと思ってな」
「は？」
「何かあったら言ってくれ。それじゃ」
「何かっつったってお前、うわ切りやがったあのオッサンアスペかよ　説明くらいしろっつーの」