ENo.0378　フレイド・コークス

　通信の途絶えたモニターを眺めながら、私は操縦席のシートにもたれ掛かかった。
毎回の事と次第に慣れつつもあるが、未だにラキア・パラミダスとの会話には棘が混じる。
その棘を互いに跳ね除けつつ、その合間にお互いの言い分を伝えているのが現状だ。

勿論、ある程度こういう状況になるのは覚悟していた。
そもそもとして、私は彼女に対し自分の事情を全く語っていないし、彼女もまた同様。
表面的な目的に基づく契約「私は彼女を取材し、彼女は取材を許す代わりに、自分の活躍を宣伝する」だけが、我々を僚機という間柄として結んでいる。
故に互いの人間的な信頼感と言うものはほぼ無いのだ。

「さて……どうしたものか。」

　腕を組み今後について思案する。
ラキア・パラミダスとの会話で棘が混ざる程度の事ならば、今後も問題は無いだろう。
私的な会話をする仲でもなく、己の要件を相手に伝えることさえ出来れば良いのだ。

しかし、戦闘が激しくなって来つつある今後、僚機同士に信頼感が無いことは、会話に棘が混じる程度のモノでは済まなくなる恐れもある。
それは避けたい。
だが…

　ラキア・パラミダスは馬鹿ではない

　彼女が言動から一般的に想像されるような、上流階級の思考に浸り、自らの腕を過信しているだけの馬鹿な小娘だったのならば。
今より気楽だったのかもしれない。
彼女の望む言葉を選び、彼女の機嫌を損なわぬように立ち回る。
その演技は私自身の目的達成のための必要投資だと思えば許容できただろう。

だが、彼女はただ馬鹿な小娘だろうか？
答えは否である。
こちらが語らぬことも、観察した情報から推測するし、物事を自分の感情だけで正否の判断を下さぬ程度には理性的である。
その上で戦闘時の判断力が平常時にも適用されるものと推測するならば…
ただ馬鹿な小娘とは表現出来ないだろう。

故に、私は対応を考えねばならない。
彼女の望むままに言葉を選び、彼女の機嫌を損なわぬように立ち回ることは、寧ろ自分の首を絞めかねないからだ。
幾ら彼女の意図に追従しようと、彼女の目的に役立たねば、彼女は私をお役目御免とばかりに首にするだろう。

「……。」

　暫く眼を瞑りラキア・パラミダスへの対応方法を考えていた時、無線機からその声は流れて来た。

「ハイドラ部隊が全滅…？」

　無線から流れて来たその情報の発声者は酷く慌てて、混乱しているようだった。
しかし、言葉は幾度も繰り返され、断片的な情報を伝えた。
非合法に建設された無法者達の都市の壊滅に向かったハイドラの一部隊が潰走し、多数の死亡者が出た。
不確定な情報こそ多いが、それは紛れもない事実らしい。

「……。」

　これが、先日のリソスフェア要塞の攻防の最中に起きた話ならば、私は不運な部隊だったなと話を聞き流しただろう。
しかし、今回の相手は辺境の盗賊紛いの者達だ。
そんな連中にハイドラの部隊を返り討つ力が有るのだろうか…？

………
……
…

　意を決し、私はラキア・パラミダスの機体にコールし、通信回線を開くように求めた。
互いの好悪や事情はともあれ、今の我々は僚機である。
背中を預け合うような仲などという薄ら寒い関係性は求めないが、意思疎通と多少の連携は出来る程度の信頼感は必要だろう。
間違いない事実として、私は彼女を失う訳にはいかないのだから。

サイボーグ医学・ロボット工学の分野で名を売る中堅企業。
高い技術力を有した製品は評判高いが、軍事兵器市場への参入には消極的。
「ありふれた製品を、高品質で。」をモットーに掲げている。