ENo.0008　エリカ＝ヒースハイデ

ヒースハイデは「未完成」だった
技師にも男にもヒースハイデは完成しているように見えたが　画家が未完成と言ったならばそうなのだろう
画家の血液で赤く染まった操縦棺の中身はしばらくすると元の透明な液体に戻っていた
彼は自らの血を捧げる事によりヒースハイデを「完成」させたのだろう
男はそう解釈した
画家の真意は誰にもわからなかった



巻き毛の女には伯父がいた
彼は猫を模したハイドラで戦場を駆ける　伯父は巻き毛の女の憧れだった
ある日彼は一つの依頼を受ける
とあるハイドラのテストパイロット　彼はその経験について彼女に話してくれた
かなり癖のあるハイドラだったらしい　酔いがひどく実運用は困難を極めるだろうと彼は分析する
そのハイドラを所有する企業は未だ正式なパイロットを探しているが　果たして見つかるのかどうかは怪しい
あれは人間が操作するには向かない　伯父はそう語る
それなら誰もパイロットになってあげられないのか　少女が聞くと伯父は恐らくそうなると頷いた

幼い彼女は何故だかそれがとても悲しくて　じわりと目尻に涙が浮かぶ
見たこともない　伯父から話を聞いただけのハイドラ
「彼」が孤独のままでいることを想像し　彼女は胸が締め付けられる思いになった

「おじさん、わたし、そのこのパイロットになってあげたいよ」

伯父は……
……何も言わずに少女の頭を撫で　背中をさすった
少女はライセンスを持っていなかった
伯父はかわいい姪を戦場に送る事はしたくなかった
自分が彼女を企業に紹介すれば彼女の望みを叶えられるとしても　それを実行する事はしなかった


「あいつは、まだ完成していない」
「駄目だ……未完成のあいつが出撃してしまう前に……
　完成、させなくては……俺が……ああ……　…………」

……伯父は　自ら命を絶つ直前に少女にそう語った
目の前で突然様子がおかしくなった伯父　その遺言を聞いたのは少女だけだった
彼女はその言葉について他の誰にも語る事はなく
数年が過ぎた頃……彼女はある企業に入社した



ヒースハイデは「未完成」だ
技師はヒースハイデの製作にあたり最高の仕事をしたと自負していたが　画家がそう言うならそれは未完成である
しかし自分にできる仕事はもう全てした後だ　技師はそれきりヒースハイデに関わる事をしなかった
パイロットが見つからず男が苦労していた時も
やっとヒースハイデを出撃させる事ができて男がほっとしていた時も
今思えば……親友が満足する仕事をできず　そのまま彼を死なせてしまった事で拗ねていたのかもしれない
技師は自嘲する
そして今度こそ　ヒースハイデを完成させる　彼はそう誓った
今の彼には勝算があった

*にゃー*