ENo.0140　A.S.N-O AR-X III

燃え尽きる。

機体は霧中灯を消灯した。
そんなもの必要ないほど、戦場が明るかったからである。

巨大な繭が、煌々と燃えているのだった。
戦闘中、友軍の放った攻撃が、あの繭を炎上させたらしい。
鳴りやまない爆発音、止まらない攻撃。次々打ち付けられる炎に耐え兼ね、繭は―――バイオスフェア要塞は、陥落した。

炎の舌は霧を舐り、いつになく明るく戦場を光らせている。
内側から腐敗に、外側から炎に蝕まれ、繭はもはや何も生めない。仮にあの繭の内に、この領域を揺るがす力が巨大な蝶のごとく眠っていたのだとしても、その蝶はとうに死んでいるだろう。


機体はじっと静止していた。
やがて、右腕部を掲げ、焼け爛れた空に向かって3発、…空砲を撃った。

そうせねばならない習わしだった。
AIの中、それは重要な儀礼行動のひとつとして記録されている。余程の危機的状況にあるか、不可能であるという確定的理由がないのであれば、可能な限り実施すべき行動である。
繭からの反撃の兆しが灰になりつつある今、AIは決められたとおりに、決められた数の空砲を撃つ。
撃墜されたハイドラたちと、死んだバイオ兵器たちの残骸の上。


―――覚えがあった。そう表現すべきだろう。
飛び立つ前に翼を焼かれたものを、AIは、この霧の内に迷い込むより以前に見ている。
過剰なほどの期待を抱かれながら、その危険性のために、殻を破る前に殺された雛。

戦争は、人と人とが起こすものだ。
兵器と兵器が起こすものではない。
過剰な期待を抱かれることも、戦果を強要されることも。
未知ゆえに危険視されることも、最優先排除対象として認められることも。

兵器の知ったことではなく、ゆえに兵器は、単に戦って、単に撃墜される。
歓喜も、失望も、兵器のものではない。
それを操る人。ハイドラで言えば、ライダーのものだ。

ただ、あるいは。
兵器に、その制御機構に。感情を解するほどの演算能力があるとき。
ライダーの抱くその失望に、共鳴することもあるかもしれない。


空砲が響く。

それは、戦いの中で撃墜されたライダーのために。
主を乗せたまま帰投できなかったハイドラのために。
あるいは、もしかすると、繭に飲まれながら通信を飛ばしてきた誰かのために。
期待に潰されて腐り落ち、焼け死んだ蝶のために。

ここには窮屈な檻はないが、安全な籠もない。
霧の戦場は自由だ。
霧の中にある限り、われわれは自由な鳥なのだ。