ENo.0592　アンドリュー・ツォン

数年前、故郷の村を焼かれた。家族も友人も全員死んだ。そうして、俺だけが生き残った。

帰る場所を失くして、世界中を当てどなく彷徨った。生きるためなら何だってした。盗みもしたし、殺しだってした。罪を重ねて、とても天国には行けないような体になって、そうしてたどり着いたのがこの残像領域だった。

天国に行けない俺がやって来たのだから、ここは地獄なのかもしれない。地獄は霧が深くって、すれ違う人間の顔すら分からないようなその霧の煙る中で、住人たちは来る日も来る日も戦争に明け暮れていた。けれど、その暮らしを醜いと嘲笑う資格は俺には無い。俺だって、似たようなことをして生きてきた。

流れ弾に当たらない内にその場を立ち去ろうとしたら、知らない男に声を掛けられた。

――おめでとう。君は、ハイドラライダーの適格者だ。

男は莫大な額の報酬を提示してきた。この領域に暮らす普通の人々が、一生掛かって働いても手に入れられないような大金だ。生き続けることで全てが手に入る、と男は説明した。そういう考え方は、嫌いじゃあ無かった。

そうして俺には最低限のパーツで組み上げられた、鳥のような脚をもったウォーハイドラが与えられた。

このノートを見つけたのは、機体の格納庫だった。中には何も書かれていない、真っ白のノートだ。埃をかぶったまま、整備品の山の中に埋もれていた。きっと俺がここに来る前に、この格納庫を使っていたやつが居たんだろう。そいつがどうなったのかは、分からない。戦うことをやめたのか、この領域を去って別の次元に行ったのか、それとも戦争で死んだのか。

見つけたこのノートに、俺は日誌を書くことにした。その日あったことを書くだけの、日記と言って差支えの無いものである。日記を書こうと決めたのは、酷く感傷的な理由でだ。怖くなったのだ。何も残さないでこのまま死ぬのが。誰の記憶にも残らず、一人で死んでいくのが。俺のことを覚えてくれている人は、もう、この世に誰もいないから。たくさんの罪を犯しておいて、今さらそんなことが怖くなった。戦場というものを与えられて、死をより一層身近に感じたからかもしれない。

もしかしたらこのノートを残した人間も、そんなことを考えていたのかもしれない。ともかくも俺は日記を書こうと思う。いつかこの戦場を去る日まで、あるいは俺が死ぬ日まで。