ENo.0008　エリカ＝ヒースハイデ

「うわああああぁぁぁぁぁんエリカさん！！エリカさんがっ！！！！」
「わかってる、わかってるから落ち着こうな」

巻き毛の女はこれ以上ないほどに狼狽えていた
撃墜されたヒースハイデは技師によって極めて迅速に回収され格納庫へ運ばれた
技師は大きく損傷したヒースハイデの操縦棺の中へ通信を試みたり開けて中を確認する事はしていないが……
恐らく彼が命を落とす事はないだろう　技師は確信を持って機体の修理に取り掛かった

一方の巻き毛の女は憔悴しながら操縦棺を開ける
彼女の心の中は不安と心配でいっぱいだった
重く鈍い黒曜石の棺　機械音と共に棺の中へ光が差した　巻き毛の女は背伸びをして中を覗き込む


「……ひっ」

彼女の表情が歪む　焦点の合わない瞳　震える手で口元を抑え吐き気を堪える
おぼつかない足取りで数歩後ろに下がる
不安定な呼吸　背を伝う寒気　おずおずと技師の方を振り返った
鼻歌交じりに作業を進めている彼を視界に映し　かすれた声で名前を呼ぶ

「ぎし、さ、」
「んん？」

軽く跳ねるように巻き毛の女の隣までやってきた技師は彼女の背をさすりつつ操縦棺を覗き込んだ
果たしてそこには……　あの見慣れた青年の姿は無かった


「あは、そうだなあ。これはちょっと、君にはきつい」

白くすべすべした欠片のようなもの
大きさと形状はある程度まちまちなそれらは透明な液体の中に浮かびながらゆっくりと回っている
一つ手に取ってみる　操縦棺の中から摘みあげた欠片はぷにぷにと柔らかい
まるで人間の皮膚のように
欠片に絡まっている大量の白い糸　糸はそれなりの長さとしなやかさを持っている
操縦棺の中央には欠片が集まってできているらしい大きな何かが確認できる
技師は恐れ知らずにもそれを両手で掴んで持ち上げる
それは顎から上と両腕の無い　溶けかけた人間の上半身の形をしていた



猫のように丸まりながら猫を抱き締める巻き毛の女　その横で技師は機体の修理をする
操縦棺の中身を確認してから多少の時間が経った　既に男へは技師から連絡を入れている
巻き毛の女に軽く声をかけ　技師は再びヒースハイデの操縦棺を開けた
……白い糸が一箇所に集まっているように見える
技師は糸の集まる先へ手を突っ込み　指先に触れた塊を水面へ浮かべる
塊は人間の頭部だった　白い糸……髪に覆われた下には端正な顔立ち
頭部は光を眩しがるようにうっすらと瞼を開く

「やあ、生きてるようで何よりだ」

真っ白に濁った瞳が技師を見つめ……
やがてそっと瞼は閉じられた　技師は物言わぬ頭部を操縦棺へリリースし作業に戻る


「Ericaは大丈夫そうだよ」
「……本当、ですか？」
「あれならもうしばらく放っておけば元に戻るはずだ。便利な体だね」

技師の言葉を聞いた巻き毛の女は多少の元気を取り戻す
緩慢に身を起こした彼女は一瞬で数歳ほど年をとってしまったかのような有様だった

「あの、私、…………エリカさんが、死んでしまったかもって」
「そりゃなあ。俺だって驚いたさ。治ったらあの長耳に指でも突っ込んでやろうか……おっと」

安定した台に置いていたはずの工具が床へと落ちた
拾おうとする技師　しかし工具はあまりにも不自然な動きで技師の手から逃げる

「……Erica。今回は巻き毛ちゃんに心配かけた君が悪い」

……工具は滑るように技師の手元へと戻ってきた



元の姿に戻ったエリカが操縦棺から出てきたのは翌日の事だった
半泣きの巻き毛の女に両頬を伸ばされながら雑に謝るエリカ
技師は猫を構いながら（彼もすっかり猫派になってしまった）ほっと一息つく

（まあ、今一番ほっとしてるのはヒースハイデが当分解体されないのがわかったオッサンだろうけど）

「聞いてるんですかエリカさん！？」
「はいはい聞いてる聞いてるっつーの」
「も～～～～～～～～いい加減な返事！私そんな悪い子に育てた覚えはありません！！」
「誰なんだよお前はよ」

伸ばされたエリカの頬は薄赤く跡がついていた

*にゃー*