ENo.0008　エリカ＝ヒースハイデ

「青空、か」

技師は一枚の絵を眺めていた
鮮やかな青と緑　目が醒めるように鮮烈な色彩
独特の色遣いという点でも　全く見慣れない風景という点でも　その絵は技師の目を惹き付けて離さなかった
キャンバスの隅に書かれたサインが視界に入る

「Erica」
「ん」
「どう？」
「どうっつわれても」
「この絵の事」

無感情な薄紅の瞳が極彩を映す

「そういやそんな事もあった」
「……君はさ。『覚えてる』？　それとも『知ってる』だけかな」
「あー……　……」
「流石に困る質問だったか。ごめんよ」
「いや」

手に持った猫じゃらしをパタパタしながらエリカは首をひねる
技師の側で丸くなっていた猫の頭の位置が高くなったり低くなったりを繰り返す
そうしているうちにエリカの背後から寄ってきた別の猫が猫じゃらしにジャブを浴びせかけた

「『教えてくれる』、……っぽい？」
「へえ」
「俺は覚えてないし　知ってる訳でもないんですけど　多分そんな感じ」
「そうかい、…………ああ」

「君はそこに居るんだね」

「……ずっと、ここにいるよ。この子を守るためにね」


「冬が来て、雪が積もって、寒い日が続く。それが終わったら」
「春が来る」
「春の風景を描いたっていう絵を何枚も見たけどさ。あんまりぴんとこなかった」
「……表現力が足りなかった？」
「いや。これは俺の問題かな」

技師はひまわりの種の入った袋をエリカに投げ渡す
それを受け取ったエリカは種をぽりぽりかじり始めた

「想像力が足りないんだよなあ、俺」
「何？　馬鹿を自白しちゃう感じ？」
「馬鹿とはちょっと違うな。未熟なだけ」
「それって馬鹿じゃね？」
「言うようになったね。元からか？」

「……先の事なんて考えてられないよなあ。こんなつまらない世界で」
「……」
「将来なんて知らないからさ。俺は子供のままでいいよ」

ぷにぷにと柔らかそうな頬　幼い顔立ち　小さな足を握って温める小さな手
技師は目深に被った帽子の陰に隠れた瞼を伏せる

「オッサンがさ。なーんか面倒な事に走ろうとしてんだよね、俺は止めないけど」
「ええ……」
「流石に何しようとしてんのか予想はつくよ。何年付き合ってると思ってんだ」
「何で止めないんですかね……」
「それがあいつの幸せだからね。全く、蠍が海蛇の毒を飲もうなんて、どうかしてる」

「……技師」
「あいよー」
「お前はどうするつもりな訳？」
「そうだなあ。今はまだその時じゃないかな」
「…………へえ」
「見たいものができたからね。これから忙しくなるぞー、ははは」

*にゃー*