ENo.0409　ジゼル・ガミジーナ

「ジゼル」

　或いはさん付けで。

　貴方がそう呼びかければ、精巧な陶磁人形かと見紛う程に整えられた女の顔が其方へと向くだろう。

　表情は、その清廉さには似合わず、眉を歪に顰めて、随分と睨みつけているのだけれど。

　初対面の筈なのに。

　嫌悪感の剥き出しにされた表情は、もしかしたら貴方の胸に不穏を与えるかもしれない。

「……失礼」

　こほん、と小さく咳払いした後に、小さく『ごめんなさいね』と女は続けた。

「ジゼルって名前自体が好きではないから、慣れない人に呼ばれると睨んでしまう癖があるのよ」

　淡々と。
　けれど、その端々から冷たさを感じつつも「貴方自身に嫌悪感は無いわ」と言いたそうな雰囲気は辛うじて伝わるだろう。
　初対面なのだから、当然と言えば当然なのだけれど。

「ジゼルって馬鹿娘の暗喩みたいじゃない？」

　淡々と。
　恐らく貴方以外にもこうして、今まで睨みつけてしまった人の数だけ語り始めた、お決まりの台詞なのだろう。
『理由を聞かれるから仕方なくここまでの話題を出している』
　という雰囲気を感じる。

　突如名前を呼んだ上に初対面なのに睨まれ、更に『自分の名前が好きではないから』だけでは、その場しのぎにすらならず、勿論『何故？』を続ける人も居れば、『そうなんだ』とびっくりして流す人等。

　それぞれの反応はあれど、睨まれた方からすれば理由くらいは知りたい人は少なからず居たのだろう。
　背後には、その後の人間関係の形成が上手くいかなかった、彼女なりの拙い処世術があるのだけれど。
　処世術にすらなっていない所から、十二分に『対人関係に難あり』という様は読みとれる。

「貴方……はジゼルって知っているかしら？」

　彼女の問いに、もし『Ｎo』を返せば。

「そう」

　とだけ小さく返されて、この話題は此処で終了されるだろう。
『つまらない事にお時間を取らせてしまって悪かったわね』という、謝罪と共に。

　貴方が知っていて『Ｙes』を返すなら。

「つまりはそういう事よ」

　と、小さく微笑み返してくれるであろう。


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　ジゼルと言えば、言わずと知れたロマンティックバレエの代表作。
　踊り好きで、笑顔の絶えない明るい性格かつ、心臓の弱い病弱な村娘。

　しかして彼女は裏腹に。

　初対面の人すら、名前を呼ばれるだけで睨みつける程の無愛想と。
　田舎娘には見えない容貌と華やかさがあり、そこだけ捉えるのであればどちらかと言えば同じ『ジゼル』の演目でも、バチルド姫を連想させる。

　歪さと、冷たく鋭い視線から垣間見える怖さ。

　それがジゼル・ガミギーナという女であった。