ミチことミチルはヨシノの旧友である。ずっと昔、それこそハイドラライダーになる前から生死を共にしてきた友人だ。
　同僚や同業という表現の方が正しいのかもしれない。しかし、ヨシノはミチルのことを友人だと思っていたし、その逆もまた然りだった。
　いや、友人という言葉もまた、不適切だろうか。
　ヨシノとミチルたちは、強い結びつきを持っていた。
　それこそ、家族のような。

　馬鹿な話だ。
　家族など居ないのに。

　もう居ないのに。



「相変わらず暴れているようです。特に、ここ最近の行動は派手になっていますね。……目を付けられるのも、時間は掛からないでしょう」
「いよいよそんなところまで来たのかい」
「ええ」

　フォスフォラスに携帯ストーブを買ってやった、その帰り。
　今日はミチルに依頼している定期報告の日だった。
　月に4度。内3回は電子メール、1回はミチルから直接の通信が来る。
　ヨシノは『ご主人サマ』に適当な用事を言って別れて、人通りの少ない路地でその報告を聞いていた。

「やれやれ、困ったモンだね」
「本当に。……あなたにとって幸か不幸か、先日、ウォーハイドラにも手を出したようですよ」
「……ハイドラライダーになったっていうのかい？」

　ヨシノは眉を顰めた。表情が険しくなることは、彼女にしては珍しかった。
　ハイドラライダーになる。
　想定はしていたことだが、実現してほしいことではなかった。

「非正規のそれでしょうがね。蜘蛛のような形状をした、多脚のウォーハイドラに乗っていたとの情報があります。機体名は、『タランチュラ』」
「『タランチュラ』、ねェ。蜘蛛なンだろ？　何ともネーミングセンスの無いことさね、そのまンまじゃァないか」
「あなたが言えた話ではないでしょう、ヨシノ。……あなたにも、あの子にもネーミングセンスは無かった」
「さァて、そうだったかね」

　はぐらかすようにヨシノは言葉を弄する。ミチル相手に、はぐらかしようもなかったが。

「ヨシノ、重ねて忠告します」
「……何だい」

　ミチルはヨシノをしかと見た。
　緋色の瞳。似た色であるが、違うそれ。

「放っておきなさい。あの子は私たちの手から離れました。切欠はどうであれ、行動したのは自らの意志です」

　それはもう分かっている。
　全てを承知した上で、ヨシノは行動している。

「加えて、あなたももう新しい道を歩んでいる。管轄外のことにこれ以上首を突っ込もうとするのは決して得策では」
「はいはい、分かったよ。情報はこれで全部かい？　また連絡するさね、ミチ」
「ちょっとヨシノ、待ちなさ――」

　プツリ。ツーツー。
　通話終了。
　情報は得た。これ以上、話すことはない。
　今更何を言われようが、自分の決心は揺らがない。

「……トカゲはクモを食べたかね」

　どちらにせよ、ヨシノがやることはとうに決まっていた。そして今、その確信を得た。
　進むしかない。

　勝手な贖罪だということは分かっている。
　それでも、やり遂げなければいけなかった。

　――ほんの少しだけ、あの小さな魔法使いのことは、気がかりだったけれど。
　しかし決して、自分は魔法使いが求めるような人材ではない。それが分かれば、向こうも自分に執着するようなことは無いだろう。
　新しい下僕を探すなり、隠遁するなり、何かしら行動するはずだ。自分のことなど、放っておいて。
　それで良い。
　それが良い。
　そうやって結論付け、緩慢な足取りでヨシノは帰路に着いた。