「……邪魔だッ！」

　くぐもったマイクミキサー越しに短く吐き出された悪罵、それと同時に――エアロの乗機・『Moon-Scraper』の脚部が足元の瓦礫を勢い良く蹴り弾く。
　攻撃行動でも回避行動でもないその動作に、ひたすら後方ダッシュで距離を稼いでいた術導DR『ドゥルガー』の反応は、一瞬遅れた。


　　ごッ　――ごがんッ！


　『ドゥルガー』の方に飛んだわけでもない、蹴り出された瓦礫――いや、それはスクラップ化した砲台の残骸だったが――が、大きく跳ね上がって横手の構造物に激突した。
　果たしてそれが狙ったものかどうか……その一撃によって限界を超えた構造物は半ばから折れ、その先端が勢い良く倒れ込んで来た。――ちょうど『ドゥルガー』が移動を果たしていた、ポイントの真上に。


　「実験、失敗……実、ケン、シッ――……」


　頭部からコア近くまで抉り取られたように機体を凹ませ、ゆるやかに爆発し崩れ落ちる『ドゥルガー』を傍目に見やり。
　エアロは、目標の2/3程度しか進んでいない通信データの送信ゲージに目をやると、装甲服のマスクの下で失望の溜息を漏らした。

　「いくら逃げに徹されたとはいえ、“斬月”の間合いに捉えてなお仕留め損ねるとは。
　　あれを詰められんようで、いったい何が《無想》なものか」

　操縦桿に手を置いたまま、敵兵器の気配が一時は途絶えた戦場で静かに立ち尽くす。
　相変わらず仮組みフレーム混じりのウォーハイドラ、その性能に満足ゆく手応えは未だ、無い。しかし――

　「わかっている。“お前”のせいではない……
　　私の太刀筋が鈍っているだけのことだ。今の私では据え物の俵も斬れまい」

　それ以上に、己の操縦“勘”が、衰えている事に戦慄する。
　自分には、「これ」以外に生きる術など無いのではなかったか。それすら錆び付いては！
　知らず、操縦桿を握る手が震える――恐怖よりも、それは屈辱の味をより濃くエアロに刷り込んでいた。

　「……磨き直しだ、な。
　　鈍く、脆く、そして切れ味もない《剣》など、鋏にも劣る。
　　研ぎ澄ますのだ――私の、錆び付いた“刃”を」


　　おおん　おおん


　友軍の支援ウォーハイドラとともに、戦場に佇む『Moon-Scraper』。
　その腕に装填された粒子ブレードが、根元の出力回路が焼きつきかけて焦げ臭い薄煙を上げながら、主の嘆きに戸惑うかのように低い駆動音を鳴らし続けていた。


　「――任務完了。……これより帰還する」