第５話　～陰惨の日～



「ヨシノー！　ヨシノー！　帰ったぞー！！」

振り絞れる限りの大声を張り上げ、玄関から屋内へと呼び掛けた。
そうすれば、直ぐにでも顔を出すと思ったらからだ。

私が抱える袋の中には【小ヘルマン】。
いや、【小ヘルマン】と名付けた物、その残骸が入っている。
私の可愛い【小ヘルマン】。
だが、その身体は余りにも小さく、そして脆すぎた。


先の戦闘前、確かにしっかりと砲身に括り付けたはずであるのに。
知らぬ間に滑落し、その身を遠く失せてしまっていた。

あの見通しの利かない、その上にだだっ広い戦場だ。
虱潰しに探し回り、随分と細かく身を砕いた【小へルマン】を見つけた頃。
既に陽は落ち、辺りはすっかり暗くなっていた。
更に言えば、【小へルマン】の小さな身体を拾い集め終えたのは更に後。
そんな訳で私がアトリエに帰りついた時、屋内は真っ暗闇であった。


「返事がない……。　ヨシノめ、さては先に寝てしまったか。」

主人の事情などお構いなし。
悠々自適に生きるのが我が下僕の性分であることは、分かっている。

「だが、今日の所はそうは行かんぞ。」

ヨシノの為に明け渡したアトリエの一画へと向かう。
奴には【小ヘルマン】を行き返して貰わねば成らないのだ。

「おい、ヨシノ！　早く起きてコレを――」

区切りの為に設けたカーテンを開き、中で寝扱けるヨシノを起こす……はずであった。
ヨシノの為のスペースには誰も居なかった。
そもそも、カーテンを閉じてすらいなかった。
一目瞭然の不在。

さては、こんな夜中に散歩か買物にでも出掛けたか？
あの気まぐれ猫の様な性分は、一年経っても全く変わらんものだ。

もう一度、袋の中のバラバラになった【小ヘルマン】に視線を落とす。
自分で組み立てが出来るだろうか？

「……無理だな！」

今より半年ほど前、未だ暑い季節であった頃。
ヨシノの持って来た回転式の送風機を分解してみたことがあった。
結果は言わずもがな、バラバラのメチャメチャだ。
ヨシノにこっぴどく嫌味を言われてしまったことを今でも覚えている。

この【小へルマン】は、あの送風機よりも更にバラバラだ。
自分に出来ることと出来ぬことの区別くらい、容易に付く物であろう？


いや待て、この様な時の為の指輪では無いか。
ヨシノに渡した下僕の証。
我が魔力を丹念に込めた指輪は、当然ながら容易に探知も可能なのである。

「……おや？　なんだ、やはり居るではないか。」

呆気ない程、すぐ近くに魔力の反応はあった。
まさかまさか、この私を驚かそうと隠れていたのか？
その様な遊び心があったこと事体、非常に不可思議に感じられたが。


指輪は直ぐに見付けられた。
ただし、主となるべき物の指からは既に離れた後であった。

代わりに小さな紙切れが一つ傍に置かれている。
この不器用に力強い字は、ヨシノの字に他ならぬだろう。
もう少し力を抜いて書けというのに聞かない、すっかりと見慣れた字だ。
だが何の為にこの様な物を？

未だに事体は掴めて居ないが、書面に目を通す。


――フォスフォラスへ

　悪いが、下僕の契約はもう終いだ。アタシはアンタの望むような人間にゃなれない。
　新しい有能な下僕を探すなり、隠遁するなり、どうにかしておくれ。

　当面の生活費としてクレジットは置いて行くから、好きに使うと良い。口座番号は――


二度、三度と読み直してみた。
書面の内容は変わらず同じことを伝えている。
どうやら、魔法の類を使ったイタズラではない様子だ。

ううん？　では本当に出て行ってしまったというのか？

机に叩き付けた【小ヘルマン】入りの袋の、ドスンという音で目が覚める。
まったくヨシノの奴め。
仕様の無い小さな下僕が、手を掛けさせおって。

「やはり、首輪にするべきであったな。」

帽子を再び被り直し、身嗜みを整えて。
再び玄関扉を開いて、夕闇の世界へと歩みを進めた。