数日振りに見るヨシノは、相変わらずぼけっとした様子であった。
いや、私の威厳ある登場に足が竦んで居るのかも知れぬ。
その可能性は正直な所あまり有るようには思えなかったが、それでも想像だけで胸がすく思いがした。

だが、私がアイツをタダで許す訳にはいかん。
主人としての大いなる存在感を見せしめてやる必要がある。


ドゴーンッ！


見事なる先制の一打。
ヘルマンの誇る砲声が天地を揺るがした。
今この戦場を仕切る者が誰であるか、ヨシノと言えど思い知ったことであろう。
大砲の弾は大事な蒐集品でもある。
後で回収することを忘れないようにしなければ。


「私の怒りを運動エネルギーに置換して表現したぞ、ヨシノ！」

「……何しに来たンだい、フォスフォラス」


ヨシノは平静を装っているが、これは内心の倒錯の裏返しであろう。
すかさず私は腕を組み、大器を形にして顕現する。
砲撃の反動で揺れが酷いが、ある種の迫力の演出となっているだろう。
喧しい車輪の駆動音も良い一助となっている。

慎重に、車輪の軌道を操る。
ちょうど私の位置が、太陽とヨシノの対角線上に来るように。
手ずからパイプを弄びながら、ごくごく自然に位置を調えた。

ヨシノの瞳には、私が陽光を背負う神々しき存在とすら映っているに違いない。
全ての仕込みは十全である。
あとは、あるがままに言葉を投げ掛けて遣れば型が付く手筈だ。


「お前を叱りに来たのだ、ヨシノよ。」

「はァ、叱りにねェ」


相変わらず気の悠長な返事を寄越される。
まさか、ココまで来て何も感じ入ってないということはあるまいが。

無意識にパイプをくるくると回し始めてしまった。
いかんいかん、これは私が焦りを感じている時の悪い癖だ。
気付かれる前に、話をこちらに誘導しなくてはなるまい。


「そうだ、私に無断で勝手に３日も留守にしよって。
　この数日で私がどれ程の苦難を得たか、下僕のお前には想像も付くまい。」

「無断たァとンだ言いがかりじゃないか。書き置きは残して行っただろう？
　懇切丁寧に理由も書いて、だ。アタシなりの誠実さは示したつもりだよ」

「ええい、私に口頭で伝えなければ無断と同じだばっかもん！
　下僕から一方的に契約を破棄するなど聞いたことも無いぞ！」


大砲から飛び降り、ヨシノの目前に着地する。
怪我一つ負うことを期さぬ、我ながら見事な跳躍であった。

これにはヨシノも目を丸くして…　いない。


「あー……まァ、そりゃァ悪かったね。
　そこに関しては謝っても良い。
　だがね、良く考えて御覧。
　今回の契約破棄は、アンタにとっても良いことじゃァないか。」


おかしい、妙に声が淡々としている。
まさか、まさかとは思うが。
ヨシノが出て行ったのは、何かの気まぐれでもなく。
ましてや、外で迷子になった訳でも――

　
「お互いの利になる。
　とすれば、問題は無いように思うがね」


「な、なにぃ利だと！　利だと言ったな！」


ほれみろ！　ほれみたことか！
絶対にそのようなことは有り得ないと！
いや、僅かに可能性はあるとは思っていたが！
まさか、まさか、私に限ってそのような。


「さては、お前……」


戦場に霧が掛かり始める。


「私に、愛想が付いたのか……？」


吹き荒ぶ風が、妙に冷たく感じられた。