「……――ジメサゴ、合図をしたらアクセルを開けろ。」

きしきし、という音が響いた。コックピットが軋んでいる。
自分の呼吸がやけに大きく感じる。リアカメラには、ディレイゾによって固着された霧越しに"渡り坑"が映っている。
人影や風景に見えなくもないものが、たわみ、揺らぎながらお互いに折り重なりながら、私を手招いているように見えた。前回遭遇したものとは桁違いに深い坑だ。
落ちたのなら、けして戻ってこれないだろう。

汗で温む操縦桿を握り直す。計器類チェック、茜色の針は震えながらも出力系に異常はないことを示している。

――大丈夫、いける。
ディレイゾを信じれば。

「来るんだッ！！」

雷轟のようなディレイゾの声がスピーカーから飛び出し、アクセルを開ける。
普段のざりざりとした声とは違う、力強い……なんと言えばいいのだろう。
信ずるに足りる声だった。

固着させていた霧が霧散し、一瞬機体が大きく後ろに引かれる感覚があったが、同時にトモサリはしっかりとインヴェーションについた不格好な円錐穿孔を掴んでくれていた。
そして車輪はしっかりと、彼が形成した霧の道を噛んでいる。


私は大きく安堵し、どんどん小さくなり消えていく“渡り坑”を尻目に、
この不思議な友人を有機設計のみんなにどう紹介しようか考え始めていた。

我ながら現金なものだと思うのだけれど。




街が近づいてくる。

前を往くディレイゾの機体が、陽光に深く象られて、そこだけまるでこの世界が存在していないように思えたのだ。