霞のかかった土の上、うすら暗い空の下、うすら紫に仄白く、あやしく光る戦闘機。
　水の滴に光の散らばり、そこへ向かって鉄の魚が飛んでゆく。
不可思議な、よくわからない、それを何が起こしているのかも、本当はわからない。陽が急に目に刺さったり、風に飛ばされた枝が突然装甲の隙を突いたりする、“それ”。
　幽霊じみたその戦闘機を追おうとすると“それ”の敵意は増すようだった。魚は構わず、追う。
　追うたびに不思議に、霧は濃く感じられ、幽霊の放つ光は強く感じられ、視界は白く抜けてくるようだった。

　……魚は、ぱちりと目をしばたく。いつの間にか光だけしか見えず、それもまるで逃げる子供の影のように見えるのだった。
　耳元に聞こえるエンジン音は、霧にぼやけて声に聞こえる。
　泣きわめく子供の声。

「……ごめん！　もうしない！　もう笑ったりしない……」

　子供の影はみるみる視界いっぱい近づいてくる。魚はどおんとその背中を突き倒した。影はつんのめって倒れ、すすり泣きをはじめた。

　────霧、灰色をぶちこぼし、ぼんやり明かりをともしたような灰色を、魚はゆるゆる泳いでいた。敵はこれだけじゃないはずだった。
　人間の形の影が霧に映って揺れている。また耳元に声がする。

「……あの子が悪いの！　わたしの歩き方が変だって……」子供の声。
　「……そうだとしても、お前も悪いよ。車椅子で追いかけまわすなんて。」大人の男の声。

　魚は急にいやな予感がして、二人の間に割って入ろうとした。
　その時だ。がつんと衝撃が頭蓋骨に響き、もんどりうってくるりとその場に回る。
　透明ながらすの壁が阻んだのだ。魚はそこに両手を額を押し付けて、影と影のやりとりを見守る。

「優しくならなければいけないよ。いやなことをされても、まず他の人にお言い。」

（……待って。言わないで。）

　男の声がじんじん耳に響いてくる。

「優しくならなければ、お前も優しくしてもらえないよ。あゆり。
　お前は誰かに助けてもらわないと、生きていけないのだから。」

（……そんなこと教えないで！）