あたり一面を鉄屑の海にして、ようやくアクタガワは動きを止めた。
あれだけ数のいた紅雲会の機体、およそその全てを、最新パーツで身を固めたアクタガワはあっという間に撃退せしめた。

ビスコは蒸し風呂のようになった操縦桿から転がり出て、
しばらく荒い息をつくと、しんと静まり返った北側倉庫に駆け込んでいった。

北側倉庫の中は、むわりとした血の匂いで充満しており
通信機器がばちばちと火花を上げ、積み上げられたテレビはどれも砂嵐を写している。

数人の黒服の死体がそこらに転がっていることから、
アクタガワがハックした無人ボットが、倉庫にいたガードマンを軒並み掃除したことがわかる。

わずかに、人の気配を認めて西垣があたりを伺うと、
部屋の隅の人影のほうが、先に西垣に気づき声を上げた。

「ん゛ーーーッ！！ん゛ーーッ！！」
「ヤマノっ」

猿轡を咬まされて転がされているヤマノを認めて、
西垣は弾かれたように駆け寄ろうとする。

「はめェッ！！ほはいでェッッ！！」

ヤマノの気色ばんだ声を聞いた瞬間、西垣の背筋にぞくりとしたものが走り、
その場から飛び退ろうとした瞬間、軸足に閃光が弾け、爆音が室内に響いた。

衝撃で吹っ飛んだ西垣はそのまま３、４度転がり、部屋の壁にしたたかに背中を打ち付けた。
背中と、左足の激痛。声にならない苦悶のうめきが、西垣の口から漏れる。

「避けたのか？？
　避けんなし。
　やっぱ嫌いだよバカは。勘だけは良くてよォ」

通路奥の暗がりから、ぎしょん、ぎしょん、と床を踏みながら
不恰好な逆関節の作業用アイアンボットが姿を表す。
本来、農具を持つための腕部には、現場で菌を焼き払う際に使う、旧式のナパーム砲が装着されている。

抜かった、と西垣は思った。
グレースのチャフは武装の機能こそ停止したが、ありあわせの部品で組んだ農作業用ボットの機能にまでは適用できなかったのだ。

「タケツグ、てめェッ…！」
「お前の採用面接。反対したんだぜ、西垣。
　美大出の、チンピラまがいなんて採用できませんよッて。
　まして野郎じゃ、枕にも使えねェ、生ゴミみたいなもんでしょッてよォ」

むき出しのコクピットで、栽培部長のタケツグが
べっとりと瞼に張り付くような笑みを浮かべ、ボットの銃口を西垣に向けている。

「ひェんぱい、にえへェッッ」

ヤマノの悲鳴に弾かれるようにして西垣は走った。
その行く手を遮るように、次々にナパーム砲が炸裂し、瓦礫で西垣を打ち付ける。
出口を塞がれた西垣は、追い込まれるように下へのスロープを転がり、地下倉庫へと転がり込む。

「袋のーーーッッ！！ネズミかァッ！！西垣ィィーーーッッ！！」

ぎゃごん、ぎゃごん、タケツグのアイアンボットの逆関節が、瓦礫を踏み砕いて迫ってくる。
位置がばれているならもう殺されているはずである。西垣は落ち着いて深呼吸し、倉庫の中を見渡した。

「可哀想だよなァ、文句だけの上役ども肥えさせるために、毎日汗水垂らして働いてよォ！！」

緑色の非常灯に照らされた地下倉庫で、タケツグのしゃがれ声が響く。

「居酒屋のグレープフルーツみてェによォ、くちゃくちゃに絞られて。
　何ァんにも悪くねーのに、挙句こーして！！ネズミみてーに逃げ回ってよォ！！」

西垣は荒い息をなんとか落ち着かせながら、足首をシャツで縛って止血している。
爪先の感覚がない。指の何本か吹っ飛んでいるのかも知れなかった。

西垣は身体を柱に引っ掛けるようにして立ち上がり、
一度、深く息をつく。
そして、その煤だらけの顔に、
両の瞳だけを爛々と光らせて、呟いた。

「どうしたビスコ。落ち着けよ。
　いつも通りにやりゃあいい。ビビる必要がどこにある？

　どんなに追い詰められようが。
　黄金の一手が閃いて、最後の最後にお前が勝つ。
　どんな、くそッたれた今日よりも。くそッたれた明日よりも。
　お前の方が強い。」