雨が降っていた。
脳天気な黄色で塗られた屋根をつたう雨粒がちりちりと音をたてて爆ぜていく。窓には霧の侵入を阻むために三層ガラスが嵌まっていたから幻聴かもしれないのだけれど、とにかく私はそんな音を毛布にくるまり聴いていた。
枕元には昨夜プレイしてたseesee端末が転がっている。挿さったロムはも武装も敵も主人公の存在理由さえも自動生成のシューティングだ。
おもいきりぶつけた頭が痛む。わんわんと喚いている。
「……うるせえなあ」
大体のことは考えたくなかった。ウェブを見る。ブックマークを上から順に漁っていく。潮時通信、みじんこFACTORY、2TONE、他にも沢山。タナトスくんは意味不明な超展開。掲示板に罵倒のレスを書き込もうとしてやめた。自分のnetringも見に行った。コメント欄がスパムで埋まっていて、トップには運営が変わった為に今後月50Cの課金をしない限りログを消す、と告知があった。指は自然に退会のボタンを選んでいた。そうなるとなんだか止まらなくなって他のアカウントやブックマークや溜め込んだファイルなんかも消してしまった。ものの五分で私のプラベ・コンプは音楽のライブラリ以外すっからかんになった。元々ないものをあるように思い込んでいただけなような気がした。幽霊みたいなものだ。
意味が無いのだ。二十年そんなことを繰り返しても、アレルギーは治らなかったし、母さんも帰ってこなかった。
意味が無いことは、やるべきではないのだ。
『サゴちゃん起きてるー？』天井のスピーカーから声。サナさんだ。
『しんどいだろけどさ、食堂まで降りといでよ。みんな揃ってるし』
「うー」
『とりあえず肉食べよ。そんでコークスとニーナ姉さんに線香あげてきな』
「あー」
スピーカーが空咳に似た音を立てて沈黙し、私は出来の悪い芋虫みたく毛布から這い出る。

＊

「ボストン商会のとこの機体だろうな」
織畠じいさんがそう言った。食堂の机にみんな座り、ワタリケイションが撮ってた映像を見ている。
「メキボスシリーズっちゅう玄人向けのがあったんだが、それによう似とる。ただ似とるだけでこまいとこは違っとるな。造ったんは……何つったかな。ノッチさん覚えてるかい」
「万博で一度見かけたわいや」「あたしも見たわいや、口じゃあ未来の為だのクリーンエネルギーだの言うとったけど、でっかい爆弾造れたらそれでええちゅう目ぇしとったヨ」
ノッチじいさんとヘレンばあさんが目を閉じながら歌うように言った。二人は双子だ。
「まあ詳しいことはわからんが……どえらい実験やらかしたっちゅうのは聞いとるよ。最近では名前もよう聞かん」「あいつが何処の何だとかどうでもいいス。ボコにしねえと気ィ済まねっスよ」
ハードが青あざだらけの顔で言った。大方今すぐトモサリを血祭りに上げるとでも喚いてラブさんに〆られたのだろう。そのラブさんが銀色の髪をなでつけながら口を開く。
「もうちょっと考えてモノ言え、サゴちゃんはギルドに追われてんだろが。さすがに一点モノのチート機体とギルド両方と闘んのは荷ィ重いぞ」相変わらず眼鏡の奥は猛禽類みたいな目。ハードはまだ何か言いたげな顔をしていたが、舌打ちしてからお茶を一気に飲み干した。
「あのチンケな傭兵ギルドじゃろ。今からでも遅ない、潰そじゃないか」「ほんに。サゴ姫のためならわしら何だってやるけえの。ほっほっ」
「あたしもサゴ姉いじめたやつぶっ潰す！ ねえ父さんいいでしょ！？ シャレイドの試運転がてらさぁ」キュヘレちゃんがそう叫んだ。フランツ社長とサナさんの一人娘で、まだ十五歳なのに最新鋭のハイドラの操縦も整備もこなす。勝ち気だけど、それが許されるだけの才能の塊だった。
「駄目だ。一分飛ばすだけでどんだけ金食うと思ってる。心配しなくてもギルドのやつら移り気だからよ、今頃は違う奴のケツでも追い回してんだろ」フランツ社長はそう言うと、私の目をじっと見た。聞かなくてもわかる。どうしたいんだ、と言っている。私がギルドに入ると半ば自棄っぱちで言った時と同じ表情だ。
ポケットを探るとくしゃくしゃになった煙草があった。赤い煙草。あの時ディレイゾがくれたやつ。迷ったけど咥えて火をつける。味なんてもうほとんどしない。ただ辛いだけだ。

「ねえみんな！」

私はどれだけこの人達に甘えるのだろう。工場内の防霧工事だって、インヴェーションの換装だって、並大抵でない金額と手間がかかったはずだ。でも、誰も何も言わない。今回の事だって、相当心配をかけたはずなのに。
「頼みがあるんだけどさ、いいかな……ってか、お願い」
全部片付いたら、まとめて謝ろう。
だって、煙草を吸ったらなにもかも分かってしまったのだ。