ENo.0345　ミソカ・ヤナガセ

－　Day1　－


『本日のニュースです』


シンと冷えた空気の中、足蹴にされたコンソールのスピーカーが無機質な音声で読み上げる。


『難攻不落を誇るリソスフェア要塞に対し、企業連盟はついにハイドラ大隊を招集しました
　表向きは治安維持のため、と説明していますが、目的は明らかでしょう』


コンソールに投げ出して組んだ足の先で脱げ掛けのブーツがブラブラ揺れる。


『ハイドラ大隊の矛先は――……』


「あ……」


脱げ落ちたブーツがスピーカーをぶち切ったようだ。
ブーツが転がり落ちる音を最後に格納庫の中はまた静まり返った。


「…………はー……」


大きく息を吐いて見上げる天井は剥き出しの鉄骨。
そしてその天井に立ち昇っては細く消えていく紫煙。
額に掛かった前髪を払って、咥えた煙草を摘んで灰を落とす。

与えられた個別の格納庫の中。
ハッチを跳ね上げた操縦棺。
シートの上で紺色のツナギを着た青年が咥え煙草でふんぞり返っている。
青年、ミソカ・ヤナガセは暇だった。


「ひ～ま～なーのは～……嫌いなんですけどね、っと」


でたらめな調子で口ずさみながら、組んでた足を解いて身を起こす。
ついでにシート脇の高性能消炎装置（通称：灰皿）に吸殻を放り込み、
先ほどスピーカーをぶち切って転がり落ちたブーツの行方を足の先で探る。


「良い子ちゃんだから、予習でもしとこうじゃないの……どれどれ」


スリープしているサブモニターを小突いて起こすと、操縦棺が青白い光に満たされた。
ミソカのやる気の無い指先がメニューから受け取った作戦命令を呼び出す。



【地下空間探索】
＜都市の地下に巨大な空間が発見された。＞
＜謎の部隊が調査に向かっているらしい。＞
＜奴らを妨害し、撃破してほしい。　　　＞



「謎の部隊の妨害、地下空間に侵入するモノは排除せよ、ってことですかね」


あまりにざっくりとした作戦命令に再びシートに倒れこむ。
敵の部隊規模も不明であり、こちらは寄せ集めの一個小隊にも満たない人員。
果たしてどの程度の戦果を期待されている事やら……。


「ま、成るように成れ……か」


虚空に向かって呟きながら、クシャクシャの煙草の箱をポケットから取り出し
フィルターに指を掛けた、まさにその時。

否が応にも緊張感を煽るサイレンが鳴り響く。
事前に通達のあった出撃の合図だ。


「お預けですってよ、ギンちゃん」


叱られた子供のように肩を竦めながら煙草を胸ポケットにしまうと、
何処にとも無くそう呼びかけ体ごとシートを起こす。
慣れた手順でメインモニターから制御システムと計器を立ち上げていく。
ゆっくりとハッチが降り、操縦棺が閉ざされた……

やがて制御システムから駆動系へ動力が伝達され、薄い灰色が長い尾をもたげる。
赤く光る2対の単眼、突き立てられたハサミ状の触肢が1対、そして歩脚が4対。
これが、相棒「トリーギンター」の姿だ。


「さぁ、俺達がどこまで通用するか……やってみるとしますかねー」


幾分覇気の足らない掛け声を合図に、残像領域の霧に溶けていくのであった――