ENo.0281　アビダン

最高だよ。僚機っつってもてきとーにやってりゃいいわけだしさあ。あいつつえーし。風呂入れってつっかかってくるのは面倒だけど……てか、風呂ってさあ、長く入らなきゃあそれで平気だけど、一旦入っちまうとさあ。逆に間が空くと、そこらじゅうむず痒く感じるようになるじゃんか？ そこはめんどくせーんだけどさあ、ほんと。まああいつんとこのシャワー使ってっからいーんだけど。
注文したとはいえ明らかにインスタントのヌードルをつつきつつ、アビダンは椅子の上で立て膝をしながらそんな風なことをつらつらと話した。いやにペトペトに汚れたテーブルを挟んだ向かい側にはフードを目深に被った男が座っていて、テーブルに置かれたペットボトルの飲み物に手をかけながら、アビダンの話を聞いている。喋りやまないアビダンの、その愚痴とも惚気とも取れない語り口に、男の無精髭だらけの口元が笑んだ。
ジャンク街の安食堂のテラス席——というほど小洒落た感はどこにもない、ただ粗雑にテーブルと椅子が数個並べられただけの路地上の席——は、常のようにうっすらと霧が流れている。鉄、オイル、人の体臭、あらゆる不快な匂い、それらを薄めてどうにかその場になじませるような霧。しばらくして、その匂いをすんと嗅ぐようにして、男が席を立った。そうしてポケットを弄る。震える指——かち、というテーブルの上にコインの置かれる音。アビダンは皿の上のヌードルをつっつきながら、目玉だけを動かしてそれと男とを交互に見る。皿はほとんど空になっていたが、男のペットボトルの中身は８割がた残ったままだった。お前が元気そうで良かったよ。男はそれだけ言って歩き出す。ぎこちない動き。アビダンは軽く肩をすくめて男を見送り、ヌードルの皿に向き直った。それから男の残したペットボトルに手を伸ばしかけて、やめた。

翌日、路地裏で男の死体が見つかった。体の色んな箇所で内側から肉がめくれ上がって、そこに歯が並ぶみたいにして、幾つものバイオ兵器の幼生らしきものが蠢いていた。数時間は野ざらしにされていたが、ようよう保安所の役員がやってきて、保護シートで死体を包んで持って行った。後には消毒液の匂いしか残らない。解散する野次馬たちのひそひそ声——カワサキ生体兵器研究所の。治験者だって。大した額でもねえのに。くわばらくわばら。アビダンは通りすがりにその声だけを聞いて、呆れたみたいな顔をして視線を上にやった。いつだったかずいぶん前に、アビダンがその中で寝ていることを知らず、ハイドラの操縦棺をこじ開けてきたその男。痩せていてどこまでも気弱そうな男の目が、アビダンを見つけて驚きに見開かれるその様、その様くらいしか印象にない。その後数回顔を合わせたが、なんだか会うたびに飯なり菓子なりを奢ってくれた。しかし自分のことは特に話さず、食事すらも殆どせずに、アビダンが何か食べるのをじっと見ていた。アビダンも飯が食えればありがたかったので、特別深入りする気も起きなかった。それだけの関係の男だったが、どうして彼がアビダンにそんな風に接していたのかは、結局わからずじまいだった。

極悪宇宙バイオ兵器養殖所
「がんばりまーす」