ENo.0048　Ｌ＝Ｆ

　傭兵としての『初陣』は、高速道路を占拠する武装勢力の鎮圧──というか制圧──だったと思う。
　ほとんど詐欺のような先行投資の契約を結んで、旧式のＭＴに毛が生えた程度の機体をあてがわれ、これまた旧式の対物ライフル一本と粒子レーザーブレードだけで単機、現場に放り出された時はさすがに走馬灯が脳裏を過ぎったのを覚えている。
　今となってはまったく論外なことだが、当時は回避行動はおろか機体を歩かせることさえ難儀するくらいの素人だったので、武装テロリストどもの無反動砲や機関銃の攻撃を雨あられのように受け続け、こちらも意地になって弾切れ寸前までライフルを動く敵がいなくなるまでばら撒いた。蜂の巣になったさんざんな状態で帰投して、整備担当者にすごい顔をされたのは最初の思い出だからよく記憶に残っていて、今でも笑い話の定番ネタだ。

　今でも、というのは正確な表現ではなかった。
　この「思い出話」をしていた男の名は「ジャスティス・Ｆ・ホーク」。もちろん本名じゃない。
　というより、この男の本名は誰も知らない。本人ですら覚えていないと証言していたから、きっと知る人間はもう存在しないのだろう。
　なんでそんな名前なんだ、とネーミングセンスを問い詰められた際には、『だって格好いいだろ？』と真顔で応じて呆れられていた。コールサインを『キャプテン・Ｊ』に変更したのはそれから程なくした頃だったから、あの出来事が心に傷を負わせたのかもしれない。

　星間企業連合を牛耳るハイランダーどもや、技術ブローカーの売人どもが血眼になって追い求める、『キャプテン・Ｊ』という男。
　だが別に、特段「腕がいい」とか「強い」とか「希少な血筋」とか、そういうギフトがあるわけではない。
　一つには、その身に施された、戦闘用の強化手術。俗に言う『強化人間』を生み出すテクノロジーの端緒となったものだ。
　一説によれば、駆る機体の性能を問わずその機動性を倍近くに引き上げ、独自のリンクシステムによりレーダー非搭載型の機体でも全方位認識探知を可能とし、さらにはブレード発振装置をオーバーロードさせて複合エネルギー弾をジェネレーターの許す限り無尽蔵に撃ち出すことさえできるという。
　より戦闘用機体とパイロットのリンク率を高める諸技術が向上した現代では決して効率のよい技術ではなく、個人レベルに搭載するには負荷が高すぎることも相まって、強化人間の「兵器パーツ」としての需要は失われつつあったが、それでもその『失われた技術』を狙うものは後を絶たない。
　その強化技術を開発・実用化した軍需企業は、すでに解体・消滅しており、その技術ノウハウの大半さえも散逸してしまったのである。ごくまれに発見されるアーカイブは、ただの技術者のメモ書き程度であっても金塊単位で取引されるとすら言われる。


　数々の企業・国家・組織を使い潰しては何世代もの戦争を乗り越えてきた星間企業連合が、ただのいち紛争たる『火星動乱』でその屋台骨を崩され、別の秩序たる『世界領域管理システム』に取って代わられたのは、歴史の皮肉と言うしかない。
　目端の利くいくらかの残党はすでに「システム」へと鞍替えして実質的な延命を果たしているが、取り残された連中は、絶無に等しい確率に賭けて、ロストテクノロジーの発掘・回収に一縷の希望を見出そうとしている。
　ある意味で旧世代の紛争により特需を得た『キャプテン・Ｊ』とその一党が、その役割を終えて追われる立場となり「消滅」へと向かったのも、時代の遷移としては正当なものなのかもしれない。


「……もっとも、大人しく飲まれ消されてやるつもりはないがね」

赤茶けたカラスが項垂れたように佇むエンブレムが印象的なユニオン。

入団申請フォームには「初めての傭兵業にも充実のサポート♪」「動物モチーフのコールサインを推奨♪」などのフレンドリーな文言が並んでいるが、結成以来その申請フォームが開放されたことは一度も無い。