ENo.0539　クレア・ハーレィ

「システムチェック。」
暗い操縦棺のなかで、コンソールを操作する。
「了解。システムチェック開始します。」
ハイドラコントロールシステムにマウントした補助システムであるAIが無機質な声を返す。
「ウォーハイドラシステムチェック。各コネクタ接続正常。
　戦術データリンク、オフライン。
　各部に軽微な異常を検知。戦闘には支障はないと思われますが、修理もしくは交換を推奨。
　重量過多。消費エネルギー過多。アセンブルの変更を推奨。
　狙撃砲AMG-IGNPSの残弾なし。パージを推奨。
　マニピュレーターの動作に異常を検知。診断中……修正完了。」

「ぼっろぼろだね、これで出撃して本当に大丈夫？クレア。」
チェック項目をそれぞれ確認しながらリズが問いかける。
「まぁ…何とかするわ。直したくてもお金はないし、どっちにしてもね。」
タッチパネル式のコンソールで細かな調整を行いながら答える。
「無理しなくていいんだよ。もともとはあたしのせいだし…。」
リズはいつもと違って弱弱しくそういった。それが妙に面白くて口元がほころぶ。
「私はあなたに助けてもらった身だし、何か手伝いたい。それに娼館でなんか働きたくないでしょ。お互い。」

リズは回収屋だ。残像領域で破壊された機体の残骸を回収して糊口を凌いでいた。
彼女には親から引き継いだ借金があった。一山いくらで取引される鉄くずなんかでは返しきれるものではなく、身売りを考えなければならないほどだという。
私、クレア・ハーレィは砂漠地帯の戦場で倒れていたところをリズに救われたのだが、記憶が混濁していて、思い出せたのは名前だけ。
いや、もう一つ。ウォーハイドラの操縦技術だ。

リズの拠点には、以前回収したというウォーハイドラが１機無造作に置かれていた。
ぼろぼろの逆関節機体。売ればいくらかにはなるだろうが、売らないのかと聞いたところ、どこも買ってくれないのだという。
「なんでも、ロストコードだとかでさ。良く知らないけど。」
残像領域では戦闘になると未帰還または破壊されたハイドラがいつの間にか自軍と共に戦っていることがあるらしい。
「この機体も、その未帰還もしくは破壊された機体らしくて。ハイドラ乗りのやつらって結構ゲン担ぎみたいなことするから、そんな機体のパーツは要らないとかでさ」
ヘンなもん拾っちゃったもんだよ、とリズは笑った。


「システムチェック完了。オールグリーン。」
AIが作業の完了を告げる。
「武装はいくつか都合つけたから、死なないで帰ってきてよ」
心配そうな顔で私を覗き込むリズに微笑むとハッチを閉じる。

「初陣になるのかな、今の私にとっては。」
「肯定。貴方が《カルヴァリオ》で出撃するのは今回が初めてになります。」
「カルヴァリオ…この機体の名前なの？しゃれこうべとは、あなたの前のマスターはずいぶん悪趣味だったのね。」
「質問の意図が不明。機体名を変更登録しますか？」
「いえ、そのままでいいわ。それじゃ行きましょうか。」


鳥の足を思わせる構造の機体が一歩を踏み出す。