ENo.0641　アリシア・C・アラカネ

今日は楽な仕事だった。
裏切り者の始末、しかも私の好きにしていい……つまり、趣味を行う許可を頂いたのだ。
報酬はそれなりだったが、私の趣味を理解してくれる企業の依頼だ。二つ返事で受けた。

……結論から言えば、つまらない相手だった。
いや、戦闘そのものを楽に終わらせた、それはいいのだ。その方がありがたい。

しかし、擱座したハイドラのコクピットハッチを、機体の足先で軽く蹴り飛ばし。
操縦棺からパイロットを引きずり出した時、私は高ぶっていた身体が冷めるのを感じた。

まあつまるところ、その少年が弱すぎたのだ。私が手加減しなければ致命傷を負ってしまうほどに。
死にかけの相手をいたぶるのも、まあ悪くはないのだが、久々にじっくりとヤるつもりだった私は愕然とした。
マシンガンを数発、彼の機体に御見舞してやると、残っていたミサイルか何かに引火して爆発した。
そんなものを、さっさと撃ち切らずに後生大事に抱えているから、私程度に敗けるのだ。

……まったく。飲まずにはやっていられない。


「貴女がそんなにも呑まれるとは……珍しい事もあるものですね」

頭が重い。瞼が沈む。ああ、自分は酔っているのだ。
ここがそれなりに信頼出来る店でなければ、こんな真似は出来ないだろう。
今の私は、余りにも無防備で。

「――簡単に殺せるだろうな……」
「何があったかは、お聞きしませんが」

そう言い、マスターは透明な液体の入ったグラスを差し出す。

「酒か？それともウォトカ……」
「水ですよ。少し酔いを覚まされた方が、宜しいかと」
「まったく、人が気持ち良く酔っているというのに。無粋な男だな、マスターは」
「お陰様で、今も独り身でございます」

指先で水滴に触れる。ツツ、とグラスの側面をなぞる。
私の指先が触れた部分、結露していた水滴が、集まった自らの重みで垂れてゆく。
軌跡が描き出される様は、私が操縦桿を握って行う事と同じで、とても簡単に、呆気なく。

「もう一杯、といっても出してはくれないだろうな」
「当然です。迎えも用意してあります」
「だろうな」

手際の良い男だ。だからこそ安心して呑める。
グラスに踊る、氷の触れ合い、小気味よい演奏。冷たい水が、酒に焼かれた喉を潤す。
アルコールに火照る私の身体、炎の様な熱が冷えていくのを、どこか他人事の様に感じていた。

「では、いつもの様に」
「また来るよ、次も生きていればな」
上着を羽織り、店を出る数瞬。ふと、ある事に気付いた。

「そういえば、マスター」
「なんでしょうか」
「私は、君の名前すら知らないのだな」
「この空間では、必要の無い物だと考えております。アルクネール様」
「わざわざそちらの名前で呼ぶとは、君は本当に嫌な男だな」
人には、場面に合わせた適切な呼び名という物が、あるのではないかと」
「私が遊びで使う名前の様に、か？」
「その通りです」
「フムン。君の事を呼ぶには、マスターで事足りる、という訳だな」

ならば、私に相応しい呼び名とは……。
マスターが肯定の意思を示すのと、店を出たのは同時だった。