ENo.0378　フレイド・コークス

　生きる為に他の生命を奪い続ける。
こう言えば酷く残虐なように聞こえるが、植物でもなければ動物は皆、何かを犠牲にして生き続けているのだ。
全く咎められることはないだろう。

弱肉強食の食物連鎖、その頂点に立ったのは、爪や牙を持たぬ代わりに知恵と言う力を持った人間という種族であった。
人は自分達の幸福の為にその知恵を磨き、世界の成り立ち、理を次々と解明しますます栄えた。
栄えるその途中で、人々は多くの困難に遭遇した。

先進国と発展途上国の貧富の格差、個々人の貧富の格差、難病や自然災害、それらは長らく世界に満ち、人々を争わせる原因となった。
しかし、人の叡智はそれらを徐々に克服して行く。
それは膨大な歳月と犠牲を要したものだったが、遍く人々を幸せにするべく文明は着実に発展した。

人々の幸せにとって、一番の障害となったのは『貧富の格差』と言うものだった。
如何に文明が発展し、多くのエネルギーを省コストで作り出せるようになっても、富める者・貧しい者の格差は中々埋まらなかった。
それでも人々は幸せを諦めることなく、文明を発展させた。

そして、ある時を境に文明は飛躍的に向上を遂げる。
画期的なエネルギーの生産法が生み出されたのだ。
溢れるようなエネルギーは世界を満たし、徐々に人々はその恩恵を誰もが受けられるようになった。

そうして人々の暮らしに豊かさと幸せが満ちて行くに従い、その視野は更に広がった。
かつての様に、他の生命を虐げ犠牲にする思考は改められて行った。
人間だけではなく、この世界に住む全ての生き物を幸せにしよう、そう人々に慈悲の心は広がったのだ。

それは勿論、人と言う生き物の主観が大いに混じったもので、人と関わらずに生きていた動物達にとっては完全な幸せであったかは分からないが。
少なくとも、人と同じ世界に住む動植物達が絶滅の危機に脅かされたりすることはなくなった。
動物たちを保護するために定められた地域は人間と接触しないように仕組み作られ、動植物達は其処で繁栄した。

食べ物さえも変わった。
生有る動植物達を犠牲にする古来よりの食事は自ずと敬遠されるようになり、人々は水とエネルギーから合成された食物を食べるようになった。
誰もそのことに文句を言うことは無い、味さえもわざわざ生き物を害して作る食物よりも良いのだから。

　輝かしい繁栄の日々。
世界に生命が誕生してよりどれだけの歳月が流れただろうか。
ここに至って、人間という種族は世界を安定に運営する神の如き存在となったのだ。

だが、その繁栄の日々は突然崩れ去った。
突如として、文明を支えていた根幹のエネルギーが失われたのだ。
予期することさえ出来なかったその事態に、文明が支えていた世界は大きく揺らぎ、多くの人々や動植物達が犠牲になった。

「あの日以来、私たちの生活は遥か大昔に戻ってしまった…。」

　飛行機の窓より、後方に流れゆく雲を眺めながらウィリアムは呟いた。
当時のことを、ウィリアム・ソナーは今も忘れることなく鮮明に覚えていた。

………
……
…

「ハハハ、嘘です嘘。
　フーヴァー・アズデルド、それが私の本当の名前です。
　改めて宜しくお願いしますね。」

　冗談を交えながら、私はラキア・パラミダスの様子を観察した。
どうやら留守中に大きな事故に有ったりなどはしていないようだ。
彼女が失われずに、無事生きていてくれたことに感謝しよう。

　レンド社の為に、彼女は掛け替えの無い大切な存在なのだから。

サイボーグ医学・ロボット工学の分野で名を売る中堅企業。
高い技術力を有した製品は評判高いが、軍事兵器市場への参入には消極的。
「ありふれた製品を、高品質で。」をモットーに掲げている。