ENo.0064　タカムラ＝カミツ

act.38
　思い出したものがあった。
　ずっと靄がかかったような記憶は、まるで世界の霧が晴れるかのように唐突に篁の内へと帰ってきた。何が切欠かは、篁自身にもわかってはいないのだけれども。
「……、」
　小さく、『本来自分がいるべき場所』で自分を待っているだろう人間たちの名前を噛みしめて、ゆっくりと前を見据えた。待っていてくれるといい、と少しだけ自嘲する。友人はともかく、それ以上の存在であるあの野良犬は帰ってきているのだろうか。
　いないならばそれでもいい。少なくとも心配はかけたくないものだ。
　自分に何があったか、記憶が正しいならば『本来の自分』は今頃病院のベッドの上だ。自分が助けたあの猫は無事でいるんだろうか。無事でいればそれでいいんだが。
　どうして自分がここにいるかはわからない。それでも、ここで死ぬわけにはいかない。……おそらくは、この世界の終焉こそが、自分が戻る可能性を秘めている。
　飼い猫を庇って交通事故。単純に言えばそんなことだが、それによってこの世界に放り込まれたなど、ずいぶんと面白い話だ。篁はふと自嘲する。
　こんな理由がここにいる原因だと話したら、僚機はどんな顔をするだろう。――次会えるか、はまた別として、笑い話にでもしてみて欲しい。
「……戻った時に、覚えているとして」
　ふと、ひとりごちる。
　この世界でのこと、戦い続けてきた僚機のこと。
　戻れたとして、友人たちにに話して聞かせたとして。
「……夢を見てた、って言われるんだろうなあ」
　それならそれでもいい、と篁は笑う。＜ザイカ＞の操縦棺、その椅子の背もたれに背中を預ける。そもそも自分で覚えているかがわからないのだから、夢だと言われてもおそらくはそうだなと頷くしかなくなるのだろう。
（忘れたくはないかな）
　そう思ってみるにしても、実際には、どうなるのかわからないのが事実。こればかりはそうなってみないとわからない。覚えていればいい、そんな希望しかないのだ。
『タカムラ、聞こえてるね。ボクは、今から一時的にこの場から『消える』。――その間、頼んだよ』
　通信越しに聞こえた声に我に返る。目を瞬いて、それからああ、と声を返す。
「……わかった」
　次元潜航を行う僚機に一言だけを返し、ぐるりと＜ザイカ＞の首を巡らせる。
　自分が今必要なことは。
　僚機が戻るまでの時間稼ぎと、自分が死なないこと。……たとえ墜ちたところで死ぬわけではないが、いつ死ぬかはわからないのだから、気を付けるに越したことはない。
「……きっと、あと少し」
　世界が終わる、その日まで。

残像領域のとある町の、ひっそりとした町はずれの倉庫街。
ひとりになりたいハイドラ乗りたちがいたり、いなかったり。


------

と、いう設定のユニオンです。
ソロールするもよし、のんびりするもよし。
とりあえず制御と格闘の活動をよこせと言うのでも良し。
そんな適当ユニオン。