ENo.0383　クレイン・ヤギシマ

霧濃度0％。電磁波0％。予報通り。
晴れ渡った空の下で遠くに設営した『ノースポール』の影が見える。
霜に凍えてもう動かない。
霧のない今では目印のような意味くらいしかない。
そこがどの座標であるかをクリアにし、相対的に自分の今いる場所をクリアにする参照項にすぎない。
ノースポールは今や北極というよりも北極星に似ていた。
しかし俺はそれをもう少しだけ北極として、つまり磁場として機能させなくてはならない。

昨夜『天体による永遠』読了。

ニュース音飛び激しい。
混線著しい。
手紙なし。メールなし。

イオノスフェアで人間が次々に更新されている。
しかし新世界はいまだ動けない。
アルラウネが残像を苗床にしているそうだ。
人は亡霊を見る。亡霊は人を殺す。残像も人を殺す。
この時、亡霊は実在として機能する。
残像はクリアに実在する。しかしそれはもう生前の姿ではない。
死んだものは生きていない。ただそこには現象がある。霊障がある。機能する。
何が死んだのかを認めること。

母は生きている。生命維持装置につながれて。
彼女は生きており彼女は実在する。
彼女の資産に基づく経済システムはもはや彼女の意志なく機能する。
残像のように。
機能が実在する。現象が励起される。金が膨れていく。資本が流動する。
しかし彼女の声はラジオからもう流れない。
何が死んだのかを認めること。

何が死んだのかを認めること。

俺は更新されていない。俺のままだ。生き延びている。生き残っている。
タモーラの息子たちはパイのコフィンの中に詰め込まれて母に飲み下された。
俺のコフィンにはまだ火が通っていない。

生き延びること。
――残像領域において、残像に取り込まれずに、更新されることなく、北極のように。

通信を通すこと。
――霧の外へ、またもうひとつの霧の中へ。ロンドンへ。

クリアであること。
――クリアであること。



霧に立つ北極であること。



水粒爆縮投射装置がため息のように霧を吐き出す。格闘機はそれに紛れて距離を詰める。
ウォーハイドラは霧を前提とした兵器であり、霧なしでその戦闘力が激減することはこの二週間でいやというほど理解した。
霧が命を奪い、命を奪ったことさえ覆い隠すとしても。
霧はあることが望ましい。
その上で霧を見通すことが望ましい。
この戦争はそうやって進展してきた。

混線が言う。
「霧を止めることはできない」。→利用することはできる（そうしてきた）。
「霧を数えることはできない」。→計測することはできる（そうしてきた）。
「霧を破壊することはできない」。→共存することはできる（そうしてきた）。

ハイドラライダーはそれぞれの戦争を遂行する。
俺は俺の戦争を遂行する。
俺の遂行する戦争においてはアルラウネもドゥルガーもひとつのプロセスに過ぎない。
それは目的たりえない。
メルサリアの夢は俺の夢ではありえない。
結局のところ俺は母のロンドンへ向けて立つノースポールなのだから。



タバコ残り十箱。



生き延びること。
通信を通すこと。
クリアであること。

「ヤギシマだ。
　ここは索敵と通信を仕事にするライダーのユニオンだ。
　名前は『セントエルモ』。
　航海の守護聖人。
　ユニオン活動は『制御』を常に訓練する。
　ユニオン購入は当初AP+10%と言ってたが、
　機動を上げて何度も通信を通したほうがいいって思い直したんで、
　今は『機動力+3%』にしてこうと思ってる。
　まあ、ひとりでやっているうちは、
　たまに俺の好き好きで別のにしてることもあるだろうが。

　有利不利を求めるユニオンというよりも、
　俺たちは『索敵をする』ハイドラライダーなんだ、
　という意思表示みたいなものを目指したい。

　同じ戦場に配備された時、
　セントエルモの連中がいるな、あいつらが索敵してくれる、
　と、まあそう思ってもらえたらうれしい。

　参加者の戦闘システムは『アシスト』『ステルス』を推奨する。
　『コネクト』『ティタンフォート』でもいい。
　索敵範囲の目安は、とりあえず1500。
　霧濃度が180%を超えたら、もう少し引き上げたい。

　一応俺が音頭を取ってるが、
　もし俺が戦場で死んだらユニオンがどうなるのかは、別に決めてない。
　残った連中で適当に決めてくれ。

　そういうくらいのつながりだな。

　気になるやつがいたら『メッセージ』で声をかけて、
　俺の返事を待ってくれ。

　聞いてくれてありがとな。

　以上だ」