ENo.0184　リドリー

世界の終焉は免れたらしい。

酩酊した冬は、その役目を果たす事の無いまま春へと塗り替えられた。
随分と規模の大きな話だ。その余波に呑み込まれかけた側の人間としては、非常に良い迷惑である。
それでも悪運は強い方なのだろう。
事実擦れ違ってゆく植物人間達（この場合は植物のように動かない人間ではなく、何らかの植物によって動かされている人間を指す）
の仲間に加わらず済んでいる。こうして帰還という選択肢を選ぶ事が出来る。
使用を控えていた科学粒子もついに底を尽きた。捻潰れたブースターは転火する前に引き離した。
ただ、フルオートシステムはこうして生きている。私も生きている。
実はこの植物人間は全て幻覚であり、ドゥルガーの干渉により既に私の精神が砕かれていた事が要因であった場合。
それを無事生存と胸を張るのも滑稽だが。
……生憎この操縦棺にカウンセラーは同乗していない。ポーンロット系列機は全て単独での操作が可能だから。
以上も以下も

「――――ヒルコ様が」

「……同列に！」

通信機が騒ぎ立てる。どうやら教団の主が目を覚ましたらしい。
私はピザより肉派なので、彼等の喜びを心から共有する事はできそうにない。
そして、この植物人間の正しい呼称を今知ったところで、別段何かしてあげられるわけでもない。
戦場から命からがら逃げ帰った臆病で痩せた鶏は、巣箱に帰るだけで生憎手一杯だ。
羽を持っている友……いや、協力者"かのじょ"が、今も健在であるのなら。その目的へ一歩近づく。
それ以前に、そこまでに果てては仕方が無い。まだこちら側からの利益を渡し損ねている。

機体の修理は、そうだ。
途中で切り上げになってはしまったが、もう一度あの整備士に、今度は正式に依頼をするのもいいだろう。
あくまで感覚ではあるが、殺しても死なないような男が同乗しているのだから。仮に死んでいるのなら私だ。

……あの人は。
恩を返すべき相手が、その技術を介して。
きっと護ってくれているだろう。私がその場所に居られない以上、そう祈っている。死ぬべきではない人間が、死んではならない。
なんとも自分勝手な話だ。


「どうかご無事で」


最期の抵抗を終えた通信機はもう事切れていた。
今はただ、機体がどこともしれない地面を踏み鳴らす音がだけが、耳へと届く。

フルオートシステムの設定に誤りは無い。
ただ、到着時刻は未定だ。

常軌の朽ちたこの世界において、しかもこの特異的な状況の中気を途切れさせるなど、誇り高き反政府軍の一兵士としてあってはならない愚行ではあるのだが。


しかし、どうやら私はそんな些細なプライド一つ、守り通す事ができそうもなかった。