ENo.0258　遺跡探査機『ムーンダスト』

　ふと目を覚まして、気付いた。何だか、胸の奥がざわざわする。
　これは一般的に言って、不安という感情に類するものだった。
　ただ、幼い彼女は不安という感情を知らない。そんなものを抱いたことがない。そも、不安という言葉自体をよく分かっていなかったし、それがこの状態であることも分かっていなかった。

　止まない胸のざわつきに、少女はぐずるように小さく呻いた。
　やがて狭い操縦棺の中で身を捩り、薄ぼんやりと光るコンソールに手を伸ばす。

「おかあさん」
≪マザー・コロナ、応答します。『ムーンダスト』。御用件は≫

　パネルを叩くと、すぐに合成音声が返ってくる。
　少女――『ムーンダスト』は両手で目をこすりながら、少し考える素振りを見せてから、首を横に振った。

「……わかんない」
≪眠れないのですか≫
「うん」
≪子守唄をうたいましょうか≫
「……うん」

　起こした半身をまた横たえて、目を閉じる。
　眠らなくてはいけない。

≪明日から、遺跡に行くのですからね。よくお眠りなさい≫

　合成音声とは違う、女が穏やかに歌う声を聞きながら、『ムーンダスト』は小さな身体を丸めた。

セクション1のハイドラキャンプ『サルガッソ』の隅にある、小ぢんまりとした研究所。
正式名称、≪輝夜工業第二バイオ科学研究所北部遺跡支部≫。

ハイドラ大隊がセクション1に帰還する頃、年端もいかない子供が周りをうろうろしているのをよく見かける。