ENo.0398　“Neon”

　
カンカン、カン。
軽快にはしごを握り、踏みしめ、壁沿いに設置された通路へと上っていく。
花柄のスカートとピンクのメッシュヘアが、そのたびに揺れる。


たんっ、と上り切ったところで振り返り、見下ろす。
やり遂げた爽快感。ふふん、と得意げに笑ってみせると、軽く通路を駆けながら、

「ネオンー！」
大きく手を振って、呼びかけた。


ぴく、ぴくり。
金属製の耳が、本物の犬のように揺れる。
伏せの姿勢で寝そべっていた機体が、ゆっくりと顔をもたげた。

めまぐるしく光るランプ。
続いてふんふん、とにおいを嗅ぐようなしぐさ。
頭部に設置されたセンサーを働かせるとき、いつもこのウォーハイドラはこうしてみせる。


「こんにちは」

近づいた鼻先を撫でてやると、ぴたりとその動きが止まった。
アウラと“彼女”の体格差では、わずかな所作でもどんな危険があるかわからない。
それがわかっているのだろう。

「うん！おりこうさんね」

言いながら、ひょい、と足をかけ。
そのまま通路の続きを歩くように、“彼女”の額へと身を運んだ。


「よっとっとっ……と、」

両手を大きく広げてバランスを取る。
目指す場所に辿り着くと、すとんと腰を落ち着けた。
それを確認したように、通路へと伸ばされていた“Neon”の首が、元の位置へと戻される。
……アウラを頭頂に乗せたまま。

「ヒュウ！絶景絶景」

こうして“Neon”に上るのは何回目になるだろう。
高すぎるそこに目が眩むことは、もうない。

ここから地上まではざっと7m。
一歩踏み外しでもすれば、さすがに無事には済まないだろう。
柵のある場所にはない緊張感。
そのスリルが、アウラをわくわくさせる。

まるで、火器のトリガーを引く時のように。



「訓練が効いてるのかしら？最近、ちょっと命中率が上がってる気がするのよ。
　もちろん、ランカーの人みたいにはいかないけど」

ばーん、と銃を撃つ真似をしながら、犬に語りかける。
ばう、と応えるような鳴き声に、小さく笑った。


「いいこね。……あなたの相棒も、少しはこのなつっこさを見習えばいいのに」

初対面に引き合わされてからこちら、この犬型ウォーハイドラは、随分とアウラを買ってくれているようだった。
先程と同じように、ふんふんと鼻先を近づけて。満足したように、ひとつ鳴いたのを覚えている。
一方あの無愛想な青年は、といえば。



　　『───俺のいた世界ではそういう習慣はない』



よろしくね、と握手を求めた同僚に対する返答が、これである。
……本来、自機に同乗者を作ることにはあまり乗り気でなかったらしいと、耳に挟んだのはついこの前だ。

思い出したらムカムカしてきて、アウラはじたばたと足を揺らした。


「あーーっ、もーーっっ！どうやったら仲良くなれるのよーーっっ！！」

わうぅ、と犬が頭を動かす。
こちらが滑らないように、バランスを取ってくれているらしい。
……それで少し気を取り直して、ふんっと鼻を鳴らした。


「……いいもーんだ！このっくらいでめげると思ったら大間違いよ！」

腕を上げて認めさせてやるもんね、と息巻くこちらを励ますように、わふ！と犬が吠える。

……どの程度理解しているのかはわからない。
もしかしたら、ただの自己満足でしかないのかもしれなかったが。


「んっ。頑張るね」
小さくガッツポーズして、頭をそっと撫でてやった。


□ □ □


「…………なんだありゃ」


思わず呟きが漏れる。
犬の様子を見に来たのグランの目に、最初に飛び込んできたのは、その上で拳を振り上げて騒ぐ子供の姿だった。

人の犬に、随分と気安いことをしてくれる。
……一番の問題点はその気安さではなく、『ネオンがそれを許していること』であるのだが。



───今よりずっと幼い時。
ああしてよく、ネオンの頭に上ったものだ。
そこであやすように軽く揺すられるのが、小さな自分は好きだった。



「…………」

はぁ、と。
この数週間で慣れてしまった溜息を、またつく。

……あの騒がしさに慣れる日が来るとは、到底思えないのだが。
それでも“彼女”の気に入りならば、安易に突っぱねるわけにもいかない。


難儀だな、と小さくこぼして、踵を返した。

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